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七話

「人ん家に勝手に上がり込んだ上に、堂々と未成年に猥褻行為とは、いい度胸してるじゃねぇか、オッサン」  怒りと軽蔑の眼差しで義父を見下ろす熊谷が、低い声で挑発する。一方、麒麟の発情の所為で既に半分理性を失いかけている義父は、まんまと麒麟の上で身を起こし、ギラギラとした目で熊谷を睨みつけた。 「そうか……麒麟をたぶらかしたαはお前だな。私は大事な息子を迎えに来ただけだ」 「大事な息子、ねぇ……。最近の親は、大事な息子を裸に引ん剥いて連れて帰るのか? 俺には、他人の家に不法侵入して未成年に襲い掛かってる、ただの変質者にしか見えねぇが」  シャツは大きく胸元まで捲り上げられ、おまけにいつの間にかデニムの前も寛げられていた麒麟の姿をチラリと見て、熊谷が呆れたように鼻で笑う。 「発情して我を忘れた息子を宥めていたんだよ。父親とはいえ、私もαだから、この子も反応してしまってね」 「違う……! お前になんか、俺は触られたくない……ッ!」  思わず叫んだ麒麟の口元を掌で覆って、義父が乱暴な手つきで麒麟を再び床へと縫い付ける。 「お前は黙っていなさい、麒麟」 「んん……っ!」  苦しさに喘ぎながら、力の入らない身体を無我夢中で捩っていると、逞しい腕が背後から義父の腕を掴み、捻り上げるように強引に引き剥がした。 「痛……っ、貴様、なんだこの手は……!?」 「それはこっちの台詞だ。これ以上、その汚ねぇ手でそいつに触るんじゃねぇよ」  怒気を孕んだ声と共にギリギリと熊谷に腕を捻られ、痛みに顔を顰めた義父はどうにかその手を振り払うと、耐え兼ねたように立ち上がって熊谷の胸倉へ掴み掛った。 「貴様、これは立派な暴行だぞ! 人の息子をたぶらかした上に、その親に暴行とは、αの名が聞いて呆れる!」  感情任せに捲し立てながら、掴んだ胸倉を義父が揺すろうとするが、鍛えられた熊谷の身体はビクともしない。激昂する義父に反して、熊谷はどこか憐みすら感じる冷めた目で義父を見下ろしながら呆れたように息を吐いた。 「息子だ親だって、所詮は表面上だけのモンだろう。それに、俺のしたことが暴行なら、アンタが大事な息子にしたことはどう説明するつもりだ? ……昔みたいに、親に揉み消して貰うのか?」  熊谷の最後の問いに、義父の顔がサッと強張るのがわかった。  何のことかわからず呆然とする麒麟の視線の先で、熊谷が義父の手を容易く払い除け、脇に抱えていた書類を広げた。 「アンタは事実婚としてそいつを母親と一緒に迎えたそうだな。実際、アンタの戸籍を見せて貰ったが、確かに二人とも籍には入っていなかった。籍を入れれば、アンタはそいつと親子関係になる。親子間では、例え養子であっても番うことは法律で禁じられてるからな。イカレた性癖のアンタには、事実婚の方が都合が良かったのかも知れない。……だが、籍を入れなかった本当の理由は、他にもあるんじゃねぇのか?」 「……どういう、こと……?」  何とか床に手をついて上体を起こし、麒麟は熊谷を見上げる。  一方義父は既に何かを察しているようで、熊谷が持つ書類を奪おうと手を伸ばしたが、熊谷は呆気なくそれをかわすと、麒麟を背中に庇うように義父と麒麟の間に立ち塞がった。 「コレはアンタの戸籍謄本だ。本当に籍が入ってなかったのかどうかを確認する為に取得したんだが、思いがけねぇモンが載ってて驚いたよ。……藤堂(わたる)、享年十七。旧姓は今岡。戸籍上ではアンタの弟になってるが、実際はアンタの父親が養子縁組したΩだ」 「……やめろ……」  麒麟には聞き覚えの無い名前だったが、義父はその名前にギクリと肩を強張らせたかと思うと、狼狽して青褪めている。 「忘れもしねぇよ……。十六年前、無理矢理αに番わされた俺と同い年のΩが殺害された事件。殺害されたΩの名前は────藤堂渉、十七歳。一時期容疑がかかった番相手のαは結局年齢以外公表されないまま不起訴になったが、そのαは当時二十八歳だった。……十六年前のアンタと同い年だよ、藤堂(まこと)さん」  書類から顔を上げた熊谷に、義父も、そして麒麟も、愕然と熊谷を見詰めることしか出来なかった。  熊谷が弁護士になろうと決意するきっかけになった事件。まさかその事件の裏側が、こんな形で明らかになるなんて、思いもしなかった。 「アンタの勤めるMシステムの会長は、アンタの父親。上層部も、親族連中で固められてる。つまりは一族経営だ。アンタは入社当初から将来が約束されてたんだろう。だがアンタは、身内も居ないΩの今岡渉と性欲のまま強引に番った。アンタの性癖も含め、そんなことが世間に知れれば体裁が悪い。アンタの父親が今岡渉を養子にしたのは、藤堂の家系に取り込んでしまえば証拠の隠滅も、口止めもしやすくなると考えたから────…違うか?」 「……ハッ、馬鹿馬鹿しい。まさかそれで、私が渉を殺害した犯人だとでも言うつもりなのか?」  義父は熊谷の推察を鼻で笑い飛ばしたが、その声は不自然なほどに震えていた。 「残念ながら、アンタが藤堂渉を殺害した証拠には辿り着けなかった。番の関係も、パートナーが死亡すれば切れるからな。だがアンタが立花百合と入籍しなかったのは、籍を入れれば藤堂渉の存在……つまり、藤堂渉の殺害事件に関与していたことが知られる可能性があったからじゃないのか?」 「黙れ……!! 赤の他人がゴチャゴチャと……所詮は貴様の憶測だろう!? 何の証拠もないことだ!」  動揺からなのか、麒麟への欲情からなのか、肩で大きく息をしながら、義父は熊谷の手から書類をひったくると、忌々し気に破り捨てた。 「憶測だけで人を殺人者呼ばわりとは……名誉棄損で訴えさせてもらう! いつまでもこんな狭くて汚い小屋に居ないで家に帰るぞ、麒麟!」  熊谷に吐き捨てて、そのまま麒麟に手を伸ばそうとした義父を、「おっと」と熊谷がすかさず間に割り込んで遮る。 「これ以上触るなって言っただろ。確かにこれまでの話は俺の憶測と言われればそれまでだ。……だが、ここからは違う」 「……なに?」  眉を顰める義父にほんの少し、口端を持ち上げた熊谷は、作業台の上に置かれたブタウサ二号へと不意に手を伸ばした。  どうして今そんなものを…、と思わずポカンとする麒麟の目の前で、熊谷はブタウサ二号の長い方の耳の中央をギュッと摘んだ。 『ちわー、三井青果でーす』 「!?」  突然二号の耳から聞こえてきた亮太の声に、麒麟だけでなく義父も何事かと目を瞠る。  そのまま流れ続ける音声は、数刻前、亮太と麒麟が交わしたやり取りだった。 (まさか……ボイスレコーダー……!?)  亮太が小屋を出て行く音がして、一旦音声は途切れる。少しして、麒麟のかける掃除機の音が響き始め、その後だった。 『……やっと見つけたよ、麒麟』  ハッキリと残されていた義父の音声に、熊谷は待ってましたとばかりに笑みを深め、一方の義父は息を呑んだ。  そこからは抗う麒麟の声や、ガラスの割れる音。二人の揉み合う物音。そして、明らかに性的な欲求を滲ませて麒麟に迫る義父の声や息遣いまで、一部始終がしっかりと録音されていた。  音声を聞き終えた熊谷が、再びブタウサ二号の耳を摘んで停止させる。 「……さて、どうする? どうやら俺の居ねぇ間に、思ってた以上にエグいことしてたみてぇだが、明日からこの音声をMシステムの社内BGMにして貰うか。ああそれから、念の為室内の数か所にカメラも仕込ませて貰ってる。アンタはよっぽど証拠が欲しいみてぇだからな」 「………」  熊谷の言葉にガックリと膝から崩れ落ちた義父の顔からは、完全に血の気が引いていた。そんな父を見下ろしていた熊谷の顔から、ふっと笑みが消える。 「次に何かあれば、こっちが持ってる証拠は全て叩きつけさせて貰う。それにアンタは、叩けばもっと埃が出そうだ。こっちにはまだまだ探るツテがあることも覚えといてくれ」  淡々と告げた熊谷は、最早言葉も出ないといった様子の義父の二の腕を掴むと、難なくその腕を身体ごと引き摺っていき、開けた玄関ドアの外へと容赦なく放り出した。  抵抗する気力もないのか、呆気なく玄関前に転がる情けない男の姿は、もう麒麟の知っている義父の姿ではなかった。 「次はねぇ。もう二度と、こいつに近づくな」  最後にそう吐き捨てて、熊谷が遠慮なくドアを閉め、ガチャリと施錠する。ずっと麒麟と義父を繋いでいた見えない鎖が、断ち切られた音だった。  鍵を閉めた直後、熊谷が長い息を吐いて、そのままグラリと作業台へとよろめきかかった。 「熊谷さん……!」  火照る身体で這い寄ろうとして、そこでやっと自分が発情中で、そのフェロモンは熊谷にも作用していることに気が付いた。 「……くそ、格好つかねぇな」  乾いた笑いを零す熊谷に、「そんなことない」と麒麟は大きく首を振る。  作業台に凭れかかる熊谷の片手から、ポタリと赤い雫が床へと滴った。よく見ると、ずっと握っていたのだろうか、固く握られた熊谷の拳は掌に爪が深く食い込んでいた。  初めて麒麟が発情期を迎えたときも、熊谷は理性を保つのが困難だったと言っていた。  それなのに、義父の前で冷静さを保つ為に必死で耐えてくれていたのだと思うと、麒麟の方が泣きそうになって胸が苦しくなった。 「熊谷さん……手が……っ」  すぐに手当てしたいのに、近づけばお互いが辛い。もどかしさと切なさに、麒麟は唇を噛み締める。 「……これくらい、どうってことねぇよ。それにしても、相変わらずお前の匂い、凄ぇな……」  熊谷が必死に耐えてくれているとわかっているのに、熊谷の低い声に、麒麟の身体が勝手に疼く。すぐ目の前に熊谷が居て、このまま縋りついてしまいたくなる。  決して触れられたくない義父には身体をまさぐられたのに、本当に触れたい熊谷には、近付くことも出来ない。 「……熊谷さん、俺……月村先生のとこ、行く……」  熊谷だって自分の手を傷つけながら必死で耐えてくれたのだから、麒麟だって耐えてみせる。熊谷の為なら耐えられる。  そう思って告げた麒麟を、暫くの間黙ってジッと見詰めた熊谷は、覚悟を決めたように立ち上がると、床に座り込んだままの麒麟を抱き上げた。 「………ッ」  熊谷の手が触れるだけで漏れそうになる声を、どうにか喉の奥で押し殺す。  てっきりそのまま以前のように車に乗せられるのだろうと思っていたら、熊谷は何故か麒麟を抱えたままリビングに続く扉を開けた。 「……熊谷、さん……?」  無言のまま足で扉を閉めた熊谷が、麒麟の身体をそっとソファへ下ろした。 「……余裕ねぇからソファでいいか」 「え……?」  何が、と聞く前に、圧し掛かってきた熊谷にソファの上へ押し倒される。  見上げればすぐそこに熊谷の顔があって、二人の呼吸が絡む。置かれている状況がすぐには理解出来ず、ただ固まって熊谷を見上げる麒麟の手を、熊谷の手が互いの指を絡めるようにして握り込んできた。 「……っ、熊谷さん……なに、なんで……?」  絡んだ指先から全身に、じわじわと熱が広がっていく。心臓がいよいよ胸を突き破るんじゃないかと思う程、強く脈打っていた。 「この前みてぇに、お前一人に辛い思いさせんのは、もうゴメンだ」  熱を帯びた熊谷の声に応えるように、麒麟の下肢が鈍く疼いた。  コツ、と麒麟の額に熊谷の額が押し当てられて、そのまま熱に潤んだ麒麟の目尻に、熊谷の唇が触れる。 「ぁ……っ」  たったそれだけでも抑えきれない声が零れて、麒麟は慌てて唇を引き結んだ。  もっと触れたい。もっと触れられたい。もっと、もっと……。  じわ…、と下肢が濡れる感触に、麒麟は熊谷の下で恥じらうように身を捩る。  熊谷に触れられるだけで、麒麟の心も身体も、全てが悦んで震えている。  ……けれど、本当にこれでいいんだろうか。  麒麟の発情に流されてしまって、熊谷は本当に後悔しないだろうか。  麒麟は熊谷と交われるなら後悔なんてしないけれど、熊谷にも後悔なんかして欲しくない。この町に来る前に散々後悔を味わった熊谷に、これ以上悔いを残させるのは絶対に嫌だった。  熊谷に触れられた箇所から蕩けていくような快感を必死で押し殺して、麒麟は弱々しい腕で熊谷の身体を軽く押し返した。 「ま、待って……!」 「……どうした?」  情欲の滲む熊谷の瞳に見下ろされて、麒麟は煽られないよう精一杯目を逸らした。 「……っ、俺……やっぱり、我慢する……」 「……俺に触られんの、嫌か」 「そうじゃない……っ!」  思わず背けていた視線を戻して、麒麟は大きく首を振る。  いっそ触れられるのが嫌だったなら、こんなに苦しくなかった。 「熊谷さんに触ってもらうと、嬉しいけど……でも、熊谷さんが俺のこと、一番大事だって思ってくれるようになるまで、待ちたい。……ちゃんと、待てるから……」  すっかり下肢が熱を帯びた状態でそんなことを訴えても説得力はない気がしたが、麒麟は弱々しく笑って見せた。その顔を見た熊谷が、「この馬鹿……」と舌打ちして項を掻く。 「あのなあ……お前のことが大事じゃなきゃ、わざわざ片道二時間以上もかけて、誰が何回も都内まで通うか。……ずっと後ろ向いてた俺を、やっと前向かせてくれたお前だけは、絶対失くしたくねぇんだよ」 「熊谷さん……」  絡めた指に力を込めて、熊谷が麒麟の手を強く握った。  考えてみれば、この状況でもまだこんなに控えめに触れてくれるということは、熊谷だって相当堪えてくれているということだ。それに気づいた麒麟に知らしめるように、熊谷がすっかり固くなった雄を衣服越し、麒麟の下肢へと押し当ててきた。 「アッ……!」  衣服越しとはいえ、昂ぶった下肢への直接的な刺激にビク、と麒麟の背が震える。 「お前こそ、俺にヤられる覚悟、本当にあるんだろうな。言っとくが、お前が泣いても絶対途中で止めてやれねぇぞ。……何されても、後悔しねぇか」  初めての行為で不安を煽られるようなことを言われているのに、麒麟の胸は幸福感でいっぱいだった。  本能的な性欲を堪えることの苦しさは、麒麟も嫌というほど味わった。それを味わいながらもこうして麒麟を気遣ってくれる熊谷が、好きで好きで堪らない。  溢れ出した感情が、涙になって麒麟の瞳から零れ落ちた。 「……後悔なんか、絶対しない……っ」  麒麟が躊躇いを捨てて熊谷の首に腕を回したのと、熊谷が噛み付くように麒麟に口づけたのは、殆ど同時だった。  そこから先は、恥ずかしいなんて感じる暇もなかった。 「……っ、ん……ッ」  呼吸ごと奪うように、熊谷の舌に咥内を散々掻き回される。敏感な上顎を舌先で擦られると、ゾクゾクと快感に背筋が震えた。  キスだけでも思考が蕩けてしまいそうで、ただ熊谷の首にしがみつくことしか出来ずにいる内に、いつの間にか熊谷の手によってシャツが脱がされていた。  ようやく解放された唇で、酸素を求めるように浅い呼吸を繰り返している間にも、熊谷の唇は麒麟の顎、首筋、鎖骨と通って、胸元へと辿り着く。 「あぁ……ッ!」  すっかり尖りきった胸の先端を熊谷の熱い舌が這って、麒麟は初めて味わう快感に呆気なく達した。さっきから止めどなく溢れ出て来る体液に加え、吐き出した精液で既に下着がぐしょぐしょで、いっそ自ら脱いでしまおうかと麒麟が腰を浮かせた隙に、熊谷は麒麟の下肢から下着ごとあっさり衣服を取っ払った。 「や……っ」  濡れそぼった下肢が急に空気に晒されたことでヒヤリとして、麒麟は思わず両膝を立てる。 「凄ぇ濡れてる」  熱っぽく麒麟の耳許で囁きながら、熊谷の指が濡れて勃ち上がった麒麟の性器に絡む。軽く擦られただけで悲鳴に似た喘ぎを零す麒麟に、熊谷がハ…、と浅い息を落とした。 「……悪ぃ。マジで余裕ねぇ」  初めて聞く、切羽詰まった声を零した熊谷に、ソファの上で少し強引に身体を引っ繰り返される。そのまま腰を掴んで四つん這いにさせられ、Ωの雄特有の粘液で濡れた後孔に、固い熱塊が触れた。  熱くて逞しいそれが熊谷の性器なのだと麒麟が認識する前に、熊谷は息を詰めながら一気に腰を突き入れた。 「────ッ!!」  一瞬で麒麟の腹の中が熊谷でいっぱいになって、衝撃に麒麟は大きく背を撓らせて声にならない悲鳴を上げた。 「あっ、ぁ……っ!」  さっき達したばかりの性器から、ビュクビュクと何度も精が散る。ソファが汚れるのを気にする余裕すらない。 (……なにこれ……気持ちいい……っ)  まるで身体が熊谷を待ち侘びていたみたいに、受け入れた麒麟の体内が熱く蕩けている。まだ動かれてもいないのに、絶頂を迎えて震える麒麟の項に、不意に痺れるような痛みが走った。 「ぃ、あ……ッ」  じわりと痛みが広がる項を、熊谷の舌が宥めるように舐めて、そこでようやく麒麟は項に噛み付かれたことを知った。 「……熊谷、さ……っ」  信じられない思いで肩越しに振り返った麒麟の身体が、繋がったままの熊谷に、背後から強く抱き締められる。 「……もう絶対、他のヤツなんかに触らせねぇ。お前は俺のモンだ、麒麟」 「………っ」  初めて名前を呼ばれ、感極まった麒麟の眦から、折角止まった涙がまた溢れ出した。  身体も満たされていたけれど、熊谷から求められることの悦びに、何よりも心が満たされていた。  緩やかに律動を始めた熊谷の動きが、次第に激しさを増して獣じみたそれになる。  激しく揺さぶられる分だけ、熊谷の想いの強さを感じられる気がして、麒麟は突き上げられるたびに声を上げ、涙を零して何度も達した。  これまでにないほど射精を繰り返して、もう出るものがなくなっても、熊谷に名前を呼ばれながら最奥を突かれると麒麟の身体はビクビクと震えて絶頂を迎え、初めての発情期とは違う意味で、頭がおかしくなりそうだった。  麒麟のそれよりもかなり質量のある熊谷の雄に腹の中を掻き回されているのに、感じるのは身悶えるほどの快感ばかりで、痛みなんて微塵も感じない。  最初は背後から突かれ、そのまま身体を反転させられて向かい合ったまままた揺さぶられ、熊谷の下肢に跨る形で身体を抱き起されてまた突き上げられる。  気付けば麒麟も自ら「もっと」とせがんで腰を揺らしていて、麒麟は意識を失うまで、熊谷の熱を求め続けた。 「……ぅ、ン……」  これまで味わったことのない腰の怠さを感じて、麒麟は小さく呻きながら目を覚ました。  何だか妙に天井が近くて、違和感を感じつつ身体を捻ると、すぐ目の前に熊谷の寝顔があって、麒麟は小さく息を呑んだ。  お互い裸のまま眠っていた場所は、どうやら熊谷がいつも寝ているロフトのようだった。  昨日、ソファで散々熊谷と交わったのは覚えているが、途中から記憶がない。  まだ発情期が続いている所為か、少し身体の火照りは残っているが、初めてのときに感じた、ずっと身体の奥で炎が燻っているような苦しさはなかった。 (αと交わると、ホントにこんなに違うのか……)  麒麟の場合は、αと、というよりも、熊谷と交われたことの方が大きいような気がするが。  隣で眠る熊谷の顔を改めて見ると、激しい行為の名残か、整えられていた髪は乱れ、頬から顎にかけて薄らと髭が伸びていて、見慣れた熊谷の姿に戻りつつあった。スーツ姿のこざっぱりとした熊谷も格好イイと思ったけれど、麒麟はやっぱり見慣れた熊谷の姿が好きだった。  そう言えば、熊谷の寝顔を見るのはこれが初めてだ。思わずジッと見詰めていると、 「……そんな見られてると起きるの躊躇うだろうが」  てっきりまだ夢の中だと思っていた熊谷が困惑げに言いながらパチリと目を開けて、麒麟は反射的に肩を竦ませた。  そんな麒麟の反応を笑いながら、熊谷がスルリと麒麟の頬を撫でる。 「よく眠れたか?」 「う、うん……」  優しい声で問われると、改めて本当に熊谷と身体を重ねたのだという実感がじわじわと湧いてきて、麒麟は熱くなる顔を隠すようにタオルケットを引き上げた。 「……そう言えば俺、なんで熊谷さんのロフトで寝てたの?」 「覚えてねぇのか?」 「……うん」 「お前、散々ソファでヤった後、『もうソファじゃヤダ』っつって、ロフトに移ってそっから更に二ラウンド。さすがにセックスで身の危険感じたのは、昨日が初めてだったな」  冗談めかして熊谷は笑ったが、麒麟には全く覚えがない。 「……俺、そんなこと言ったの? 全然覚えてない……」 「まあ、発情期中はどうしても理性飛んじまうしな。正直俺も、最後の方は殆どぶっ飛んでたが、泣きながら俺にしがみついて『もっとめちゃくちゃにして』っつってたお前は可愛かったぞ」 「ほ、ホントに俺そんなこと言ってた!?」  記憶がないって怖い、と青褪める麒麟に、熊谷が肩を揺らして笑う。  あんなにも激しかった行為が嘘みたいに思えるほど、いつも通りの穏やかな空気に、麒麟は熊谷の裸の肩口にそっと額を押し当てた。 「……ありがとう、熊谷さん」 「何だよ、改まって」 「義父さんのこと。……ずっと色々、調べてくれてたんだ」  そのことか、と微かに笑った熊谷の大きな手が、麒麟の後頭部に添えられる。 「言っただろ、俺自身のけじめの為でもあるって。俺は香芝さんのことがあったとき、結局弁護士として何も守れないまま逃げてきた。もう全部忘れることしか考えてなかった俺に、お前は『忘れられるわけない』って言ってくれただろ。その言葉に、俺は凄ぇ救われた。だから、必死でΩ性と戦ってるお前のことを、俺もちゃんと守りてぇと思ったんだ」 「ブタウサ二号を作って工房に置いといてくれたのも、その為?」 「一号は、お前がいつもリビングに置いてるだろ。だから二号は念の為工房に置いといたんだよ。色々調べてる中で、ずっとこれまで無欠勤だった藤堂が、お前が家を出てきて以降、時々会社を休んでるって聞いてな。万が一に備えてたんだが、マジで嗅ぎつけて来るあたり、俺もゾッとしたぜ」  熊谷が呆れた様子で肩を竦める。麒麟もさすがに、こんな田舎まであの義父が探し当ててくるとは思いもしなかった。 「カメラまで仕込んでるとか、熊谷さんの勘も凄いよ」 「ああ、カメラの話はハッタリだ」  ケロリとした顔で言ってのける熊谷に、ハッタリ!?、と麒麟は思わず目を見開く。 「レコーダーがあれば、カメラ設置してるって言われても疑問に思わねぇだろ? 嘘も方便ってヤツだ。……でもまさか、お前と藤堂の関係を調べるつもりが、あの事件にまで関わることになるとは、さすがに俺も思ってなかったけどな」  麒麟も知らなかった、義父とは血の繋がらない弟の存在。  籍も入っていなかったし、知らなくて当然と言えば当然なのだが、藤堂渉が殺害された事件の話が出た途端、義父が見たこともないほど動揺していたのを思い出す。 「……義父さんが、殺したのかな」  ポツリと零した麒麟の髪を指で梳きながら、「どうだかなぁ」と熊谷が天井を仰ぐ。 「色々と探ってみたんだが、藤堂渉に関してはどの筋からも殆ど情報が出てこなかったんだよ。不自然なくらいにな。ただ、『無理矢理番わされた』ってことと、『日常的な暴力があった』って情報は世間に出てたところからすると……犯人は特定出来ねぇが、藤堂一族の誰かに口封じの為に殺されたって可能性は、なくはないだろうな」 「……形だけでもあんなヤツの家族になるくらいなら、貧しいままでも良かったのに」  もしかしたら殺人に手を染めていたかも知れない男と、麒麟の為とはいえ結婚する道を選んだ母の無念を思うとやりきれない。悔しさに唇を噛み締める麒麟の後頭部を、熊谷がポンポンとあやすように軽く叩いた。 「だけどお前は、母親と二人暮らしだったら高校には通えてなかったかも知れねぇんだぞ。どんなに嫌だと思ってても、身体を売って暮らさなきゃならなかった可能性だってある」 「でも……!」 「それにな。お前の母親は、お前の話聞いたり、お前を見てるとわかるが、多分お前と同じで相当芯の強いΩだったんだろうと思う。これは藤堂が知ってるかどうかわからねぇから敢えてあの場で言わなかったが、お前の母親には、藤堂と結婚する一年前から、感染症による通院歴があった。つまり、自分の余生を知った上で、敢えて藤堂と結婚することを選んだってことだ」  熊谷の話を聞いて、麒麟はやっと、母が結婚直後に渡してくれた預金通帳の意味を理解した。  あの母が、義父のような男をどうして好きになったのかずっと疑問だったが、母は初めから麒麟のことしか考えていなかったのだ。麒麟の高校卒業という条件を義父に突き付けたのも、きっと将来麒麟が義父の元を離れることを見越して、そうなったとき少しでも自立しやすくする為……。  今、麒麟がこうして熊谷の隣に居られることを、母は喜んでくれているだろうか。  今更ながら、母の強さと愛情深さを痛感して、麒麟は熊谷の肩に顔を埋めたまま、溢れそうになる涙を必死に堪えた。  そんな麒麟をあやし続けながら、熊谷が静かに口を開く。 「……お前、『花麒麟』の花言葉、知ってるか」 「いや……知らない」  そもそも『花麒麟』がどんな花なのかも知らない麒麟は緩々と首を振る。 「『花麒麟』の花言葉は、『自立、逆境に耐える、純愛』。……お前にピッタリだろ。良い名前、貰ったな」 「────ッ、今そんなこと言うの、ズルい……」  麒麟の名前に込められた意味を知って、とうとう堪え切れずに嗚咽を漏らす麒麟の裸の背を、熊谷は落ち着くまで黙って撫で続けてくれた。  ……この町に来て初めて人に良くして貰ったなんて嘘だ。麒麟は生まれたときから、最高の母親に恵まれていた。 「ちなみに、『花麒麟』には別名もあるんだぞ」 「……別名?」  ズ…、と鼻を啜って顔を上げた麒麟に、熊谷がニ…、と口端を上げて笑う。 「花の色と形が唇に似ててな。『キス・ミー・クイック』って別名がある。それも、昨日のお前にそっくりだろ?」 「なっ……別に、俺そんなこと言ってない……!」 「……本当に、思ってもないか?」  不意に麒麟の後ろ髪をやんわりと握り込んだ熊谷に、低く囁く声音で問われて、麒麟はぐっと言葉に詰まる。 「……こ……心の中では、ほんの、ちょっとだけ……」 「イイ子だ」  満足そうに笑った熊谷にしっとりと唇を塞がれて、麒麟は静かに目を伏せた。  そのまま暫く互いの唇の感触を確かめ合った後、熊谷の手がくっきりと噛み痕の遺った麒麟の項へそっと触れた。触れられた瞬間、ヒリヒリとした痛みが走って、そう言えば麒麟は熊谷と番ったのだと、今になってやっと自覚する。番、と意識した途端、なんだか胸の奥がこそばゆいような感じがした。 「……痛むか?」 「触られたらちょっとだけヒリヒリするくらい。……熊谷さん、ホントに良かったの?」  まだ心配してしまう麒麟の額を、熊谷が呆れた顔でペチンと叩く。 「俺の方こそ、最初に聞いただろ。何されても後悔しねぇかって。お前は後悔してんのか?」 「してないよ。俺が熊谷さんの傍に居たいっていうのも勿論あるけど、俺も熊谷さんのこと、もう一人にしたくないから」  麒麟の言葉に一瞬目を丸くした熊谷が、腕の中に麒麟を抱き込んで微かに笑った。 「頼もしいな、お前は。……お前が来てくれて、良かった」  大きな身体でどこか甘えるように麒麟を抱き締める熊谷が愛おしくて、麒麟も思わず大きな背中をギュッと抱き返す。そのまま互いの気が済むまで、二人は暫く肌を寄せ合いながら、口づけを交わし合った。

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