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番外編 イイ身体
「勝吾さんて、いい身体してるよね」
風呂から出てきたばかりの熊谷に、麒麟はソファから思わずポツリと零した。
湯上がりの一杯を堪能すべく、冷蔵庫の前で缶ビールを傾けかけていた熊谷がピタ、と手を止めて片眉を上げる。
「……なんだ、いきなり」
怪訝そうな顔を向けてくる熊谷の身体を、麒麟はソファの上で逆向きに座って、背凭れに顎を乗せたまま、まじまじと眺める。
部屋着のスウェット越しにもわかる、広い肩幅に逞しい二の腕、それに厚い胸板。
学生時代に柔道をやっていたらしいし、αとΩで生まれ持った体格の差もあるのかも知れないが、それにしたって熊谷と麒麟の身体つきはまるで違う。それこそ、同じ男とは思えないくらいに。
「勝吾さん、仕事の合間にいっつも筋トレしてるじゃん? それって趣味? それとも、柔道やってた頃からの習慣とか?」
中身を空にした缶を、キッチンの空き缶専用のゴミ箱へ放り込んで、熊谷は麒麟の隣にやってきた。
そう小さくはないはずのソファも、熊谷と並んで座るとギュッと縮んだように感じる。そして同時に、安心もする。この大きな身体に、守られているような気がするから。
「まあ、習慣ってのもあるが、仕事であんま身体動かさねぇ分、適度に運動しねぇと鈍っちまうような気がしてな」
それに、と熊谷が力強い腕で麒麟の身体を抱き寄せてきた。難なく引っ張られ、無精髭に隠された端整な顔が一気に近くなる。
「さすがに『腹たるんできた』ってお前に言われたら、ショックだからな」
「……俺別に、勝吾さんが禿げてもたるんでも好きだってば」
「俺自身がショックなんだよ」
窘めるように軽く鼻先へ歯を立てられて、擽ったい刺激に、顎を甘噛みして仕返しする。
こんなじゃれ合いが出来るのは怜央が眠っているときくらいなので、熊谷との何気ない時間は以前にも増して一層特別に思えるようになった。
「勝吾さんの筋肉、めちゃくちゃ好き」
「筋肉って、身体目当てみてぇに言うな」
「勿論全部好きだけど、勝吾さん、一人で風呂入ってるときいっつも腕とか腹の筋肉確かめてるじゃん」
「……ちょっと待て。お前、なんでそんなこと知ってんだ」
軽く目を瞠る熊谷に、しまった、と後悔してももう遅い。
じとっと至近距離で睨まれて、蛇に睨まれた蛙───ではなく、クマに睨まれたキリンは大人しく降参した。
「ごめん。実はたまーに、こっそり覗いてた」
「『たまに』? 嘘吐け。いきなりそんな話題振ってくるから妙だと思ったが、さては今日も覗いてやがったな?」
「きっかけはたまたまだったんだって。シャンプー切れてるって言おうとしたら、勝吾さんがシャワー浴びながら上腕筋確かめててさ。シャワー使ってると勝吾さん、全然気づかないから、つい」
「つい、じゃねえよ。怜央みてぇなことしやがって」
「怜央には教えてない。俺だけの特権だから」
「そういう問題じゃねえ」
麒麟の悪戯が、キスで咎められる。
こうして肌を合わせるのも、逞しい腕に組み敷いて貰えるのも、麒麟だけに与えられた特権だ。
二人だけの夜の秘め事は、リビングに甘く溶けていく───。
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