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番外編 ワンライお題『デザート』

「今年も田植え、お疲れ様ー」  冷えたビール缶をカツンと互いにぶつけ合う。  ソファに並んで座った熊谷と、それから自分自身も労って、麒麟は缶の中身をグイッと呷った。  今日は、数田美町の町民総出で行われる、年に一度の田植えの日。  麒麟がこの町で田植えに参加するのも、今年でもう三度目になる。  まだ小さい怜央が居る麒麟は、田植えの後の慰労会準備だけで充分だと言われていたが、芳が子守りを引き受けてくれるというので、その申し出に甘えさせてもらった。  普段はあまりビールを美味しいと思うことはないけれど、最近になってやっと、汗を流した後のビールは格別だと感じるようになってきた。  ほんの少し、大人の熊谷に近づけたようで嬉しくなる。  麒麟はこれが今日初めてのアルコールだが、熊谷は慰労会でのバーベキューのときからそこそこ飲んでいる。弱い、というわけではないものの、酔うと態度に出やすい熊谷は、帰宅したときからいつもより上機嫌だった。  怜央は芳に沢山遊んでもらって、帰り道で眠ってしまったし、ここからはようやく二人の時間だ。 「勝吾さん、袖全部捲ってたから、めちゃくちゃ焼けてる」  二人とも帰宅して真っ先にシャワーを浴びたので、麒麟は部屋着のTシャツにハーフパンツ。一方の熊谷はハーフパンツのみで、上半身は首に引っ掛けたバスタオル一枚だ。  そんな熊谷の逞しい二の腕は、境目がくっきりわかるほど真っ赤に日焼けしている。 「今日はこの時期にしちゃ、珍しく晴れてたからな。誰か倒れるんじゃねぇかとハラハラしたぜ」 「これ、痛くない?」  悪戯で、ビールの缶を軽く熊谷の腕に押し当てる。「冷てぇよ」と笑った熊谷が麒麟の額を小突いて、あっという間に缶を空にした。 「お前は、あんまり焼けてねぇな」 「芳さんが日焼け止め貸してくれたから」 「何でお前だけ。俺は芳さんからそんなモン借りてねぇぞ」 「勝吾さんは、日焼け似合うからじゃないの」 「どうせクマみてぇだって言うんだろーが。まあお前は俺より白いから、同じくらい焼けたら後が悲惨そうだけどな」  言いながら、熊谷の手が麒麟のTシャツの袖を捲る。  熊谷と違って殆ど日焼け跡がないのを確認してから、熊谷の手がシャツの裾へ移った。 「勝吾さん?」  珍しくがっついた様子の熊谷に首を傾げる麒麟の手から、まだ半分以上中身の残った缶が奪われた。  残りを代わりにひと息で飲み干して、熊谷が空き缶をローテーブルに並べる。 「なに、どうしたの?」  Tシャツをたくし上げる手に素直に従いながら、麒麟は熊谷の顔を覗き込む。  いつもは麒麟から誘うことの方が多いけれど、酒の所為なのか、熊谷の瞳は既に雄の熱を帯びていた。 「今日は、まだ聞いてねぇと思ってな」 「聞いてないって……何を?」 「いつもお前が、俺に言うことだ」  狭いソファの上でのし掛かってくる巨躯を受け止めて、熊谷が望む言葉を懸命に考える。  麒麟は日頃から思うまま言葉を紡ぐ方なので、改めて求められるとよくわからない。  おはようとか、おやすみとか、他愛ない挨拶以外にも、熊谷に毎日言っている言葉なんて山ほどある。  そんな麒麟に焦れたのか、熊谷が少し強引に麒麟の腕を掴んで、自分の首へと導いた。 「こうやって、毎晩言うだろ」  強請るような物言いに、やっと麒麟も「ああ」と答えに思い至って目を細めた。  当たり前のように、いつも熊谷を求めているから気づけなかった。麒麟がこうして絡める腕を、熊谷が待ち侘びてくれていることに。 「酔うといつも以上に可愛いなあ、勝吾さん。もっと強請って?」 「こんなオッサン捕まえて何が『可愛い』だ」 「可愛いよ。格好イイし、可愛い。……好きだよ、勝吾さん。これで満足?」  まだ乾ききっていない熊谷の硬い髪を、くしゃりと掻き混ぜる。  絡む互いの吐息に、アルコールが甘く香る。優しいクマは、酒が入ると随分甘えたがりになるらしい。 「そんなモンで足りるか」 「帰りに貰ってきたスイカ、デザートに食べるって言ってなかったっけ」 「明日、怜央が起きてからでイイだろ。今日のデザートはこっちでイイ」 「勝吾さん、それオッサンぽい」 「うるせぇ。ぽいじゃなくてオッサンなんだよ」  箍が外れたように求めてくる愛しい猛獣を、麒麟は一晩かけて思う存分甘やかした。

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