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番外編 ワンライお題『見惚れる背中』

 麒麟は、熊谷の背中を見るのが好きだ。  ガラス細工に没頭しているときの、張り詰めた空気を纏った背中。  キッチンに立っているときの、少しだけ丸められた背中。  缶ビール片手に、ソファで寛いでいる無防備な背中。  風呂上がりの、鍛えられた背筋がくっきりと浮かんだ、逞しい裸の背中。  どれもこれもが麒麟のお気に入りポイントだ。  男は背中で語る、なんて言葉を聞いたことがあるけれど、熊谷の魅力なら背中だけで何時間だって語れる自信がある。……少し意味が違う気はするが。  勿論、正面から見た姿も大好きだ。というよりも、好きじゃない箇所なんてそもそも思い浮かばない。  けれど、熊谷ほどの大男が、十歳以上も歳の離れた麒麟相手にその背中を見せてくれていることが、麒麟には何より嬉しい。  熊谷からの、甘えや信頼の証という気がして。  麒麟に出会う前。熊谷の広くて逞しい背中は、ずっと寂しげだったんだろうかと思うと、無性に抱き締めたくなってしまう。  その背を見守っていられる幸せを、確かに感じている人間が此処に居るんだと、伝えたくなる。  男が二人並ぶと、熊谷家のキッチンはさすがに手狭になる。  窮屈そうに小鍋で二人分のミルクを温める熊谷の背に、麒麟はピタリと寄り添った。  不意にくっつかれて驚いたのか、熊谷が鍋の中身をかき混ぜながら「どうした?」と肩越しに振り返る。  すっかり秋も深まって、朝晩の気温がグンと下がるようになってから、熊谷は毎晩ホットミルクを作ってくれる。  初めて此処へ訪れた日の夜、麒麟の心をあっためてくれたあのホットミルクだ。 「これからも、寒くなったら勝吾さんのホットミルク飲みたいなーと思って」 「お前は夏でも時々作れって強請るだろうが」 「寒い日に、一緒に飲んで温まるのがイイんじゃん。それに、ホットミルク作ってくれてる勝吾さんの背中に、くっついてる時間が好き」  広い背中に前髪を擦り付けるようにすると、熊谷が困ったように笑って一つ咳払いをした。 「甘えられるのは嫌いじゃねぇんだが、そういうのは、出来れば飲み終わった後に頼みてぇな」 「え、なんで?」  カウンターに二人分のマグカップを並べる麒麟の頭が、不意に強く引き寄せられる。  そのまま顎を持ち上げられて、気付けば唇が塞がれていた。  麒麟からは仕掛けられない、大人のキス。 「……ヤバイ、今のすっごい興奮した」 「だから後にしろって言ってんだ。ホラ、冷める前に飲め」  湯気の立ち昇るマグカップを麒麟に手渡して、熊谷が先にソファへ歩き出す。  ちょっと照れたような愛おしい背中を、麒麟は慌てて追いかけた。

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