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1-3 アキヒコ

 たぶん、自分から亨にキスしたのは初めてやった。憶えている限りはそうやと思う。  キスしただけで、亨はもうイキそうみたいに、熱く(うめ)いた。俺の肩を(つか)んできた指が、かすかに震えていた。 「アキちゃん、突いて……」  蚊の鳴くような声で、亨が頼んできた。俺は言われた通りにした。  それはやっぱり、ヤバいような気持ちよさやった。亨の中で溺れているのが。突くと亨が喘ぐのが。  こういうのにも、勘どころがあるらしい。ここがツボっていうのが。ただ突っ込んで突けば気持ちいいってもんやないと亨は言うてた。相性みたいなもんがある。  アキちゃんのは、ただ入れて普通にやるだけで、ものすごくいいと、亨は前に、それが終わった後で、ぼけっとしてそんな事を話した。  それ、ほめてんのか。それとも下手やけど相性でカバーされてるって言うてんのか。後のほうやと許せへんけど、とにかく相性がいいらしいというのは、認める。他に男とやったことないけど、これより良かったら気が狂う。後戻りできへん。  今でももう、後戻りはできへん。亨がいなくなったらと思うと、焼かれるような焦燥がして、気が狂いそうやった。 「亨、俺、もうイキそう……」  我慢してるのが辛くなってきて、俺は亨に泣きついた。一気に放ちたい欲が、渦巻いてる。 「かまへん、アキちゃん、俺ももうイキそう。激しくやって……もっと、いっぱいやって」  喘ぐような睦言で、亨が誘ってきた。それに逆らうような気力は、もう、なかった。  言われるまま、俺は激しくやった。そしてどんどん上り詰めた。だんだん極まってくる亨の声が、耳から入って脳をとろかすような甘い音やった。  堪えきれず、もうあかんと教えると、それを聞いた亨が、感極まった最後の声を上げた。それは俺には嬉しかった。また亨を気持ちよくしてやれた。身を強ばらせて快楽に溺れてる亨を抱いて、俺もその中で極まって果てた。  一緒にいくと、本当にひとつになれたみたいな気がする。それは俺の一方的な思いこみかもしれないんやけど、そういう気がして、幸せな気持ちになる。  こんな気分になったんは、もしかすると亨が初めてかもしれへん。この子は俺のこと好きなんやろかと、なんで好きなんやろかと考えなくていい。  なんだか夢中で、お前が欲しいと思ってる、その自分の気持ちで、頭がいっぱいになってる。それはものすごく苦しくて、そして心地よかった。  俺は多分、亨に恋をしてる。それを認めるのが、恥ずかしいだけで。  今も恥ずかしかった。渋々抱いたみたいやのに、結局ものすごく興奮してた。終わった後の嵐のような息を、なんとか鎮めようと、俺はそれに必死でいた。 「アキちゃん……」  波が去ったらしい、ぼけっとした声で、覆い被さっている俺の汗ばんだ背を撫で、亨が呼びかけてきた。まだ息が乱れていたので、俺は答えんかった。 「あのな、俺、アキちゃんのことが、めちゃめちゃ好きみたい。もうしばらく、ここに居てもええやろか」  迷惑やったら、今日にでも、出てくけど。  なんだか試すような声で、亨がひっそり(たず)ねてきた。なんで今、それを()くねん。わざとかと、恨めしくなって、俺は亨から身を引き()がし、まだ上気している綺麗な顔を(にら)んだ。 「別にええよ。居たければ居ろ」 「ほんま。良かった。出ていけ言われたら、俺、泣きそうやったわ」  にこにこ笑って、亨は意地悪く言うた。  こいつは俺が、自分に惚れてることを、本当はよう知ってんのやないかと思えた。出ていったら泣きそうなんは、お前やのうて、俺のほうなんやろ。それを言いたいんやろ。ほんまにむかつく。 「なあ。支度(したく)せんでええの。もう七時半やで」  ぎょっとして、俺は時計を振り返った。確かにそのデジタル表示は、七時三十六分になっていた。慌てて抜こうとする俺を、亨は抱きついて締め上げてきた。辛くて思わず(うめ)きが漏れた。 「一時間半もやってたんやなあ。アキちゃんもこの一週間で、かなり強者になったわ。最初んときは、ものすごいあっと言う間やったで」 「もう行かなあかん、亨」  粘っこいキスを耳にされながら、俺は泣き言を言った。風呂入って飯作って、それを食うてから、いかにも冷静ですみたいな顔作って学校行かへんと。恥ずかしいやん。恥ずかしすぎる。 「そんなん言わんと、風呂でもう一回しよ。アキちゃんがまた頑張れるように、俺がいろいろやってみたるから」 「俺は絵を描かなあかんねん、亨。頼むから風呂はひとりで入らせてくれ」  俺は本気で頼んでた。一緒に入ると、またたっぷり絞られる。正直疲れる。こいつに殺されるんやないかと、時々ちらっと思う。精気をどんどん吸われてるみたいな、そんな気がする。実際吸われてるのは別のもんやけど。  亨は結局、風呂についてきた。それでやたらと時間がかかり、朝飯はまともに食えへんかった。  ろくろく乾いてへん髪で、十二月の京都の寒風の中に飛び出し、山ん中に向かうローカル線の駅に行くときには、もう走らなあかんかった。  なんで車でいかへんのと、亨が不思議そうに聞きながら、後を走ってついてきた。なんでついてくるねんと俺は内心泣きそうやったけど、退屈やし大学を見たいという亨に俺は逆らえへんかった。アキちゃんと離れてるとつらいねん、ちょっとでも近くにいたいねんと口説く亨に。  それがほんまか、嘘か。俺はまだ悩んでいた。心のどこかで。亨がいつか居なくなる時のために、用心して、心に鍵をかけていた。 ――第1話 おわり――

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