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4-4 トオル

「アキちゃん、俺、怖いわ。お母さんはなんて言わはるやろ。もし俺に、よそへ行け言わはったら、アキちゃん一緒に行ってくれるか」  心弱くなって頼むと、アキちゃんは黙って、頷いてくれた。俺はそれに、微笑むことができた。作り笑いではない芯からの笑みで。 「でもその前に、せっかくやから街で遊んで、蕎麦(そば)食っていきたい。今生の名残を惜しんどく」 「大げさやな。おかんがお前をとって食うわけやないやろ。嫌やったら帰りゃええねん」  怒ったみたいな口調のアキちゃんに、俺は慌てて頷いていた。でもやっぱり怖い話やで。もしも俺が人ならぬ身でなくても。お母さん、お母さんのことをお母さんと呼んでいいですかというのはさ。  俺にこんな日がくるなんて、長い長い生涯でも初めてのことや。 「アキちゃん、抱いて、キスしてくれへんか。朝からいっぺんもしてへん。俺、寂しいねん」  正直に頼むと、アキちゃんは不機嫌なような、妙な顔をした。恥ずかしいらしかった。  それでも、つかつかとやってきて、無造作に俺を抱いた。その腕はやけに強かった。アキちゃんは長身の男で、抱き合うと俺の(まぶた)のあたりに唇がきた。  躊躇(ためろ)うてるんか、アキちゃんはすぐには唇を合わせへんかった。ただ、俺の瞼のあたりに顔を擦り寄せてきて、亨、と俺の名前を呼んだ。  俺にも名前があって良かったと、またそのことを思った。あの姫カットの女は、なんて名前やったんやろう。アキちゃんが抱くとき呼んだ名は、そっちの可愛い()のほうので、中にいたブスのほうは、きっと悲しかったやろう。あの子は気の毒に、アキちゃんにいっぺんも名前を呼んで貰えへんかった。  猫でも飼うかなあと、抱かれながらぼんやり思った。あの子の名前をなんとか調べてやって、猫におんなじ名前をつけてやったら、面倒見のいいアキちゃんは、きちんと世話してくれるやろう。いなくなったら名前を呼んで、エサも食わして、時には抱いて撫でてくれるかもしれへん。  俺はそれには妬けるやろけど、それもひとつの罪滅ぼしや。まだ戻れたかもしれへん、あの()から、戻るところを奪ってしもた。人殺しの罪を犯すと、畜生道に堕ちるとか言うで。そうやって前世の罪を購うんやって。せやから猫にでも、生まれ変わってきたらええよ。 「アキちゃん、俺、アキちゃんのことがほんまに好きや。でも俺はここにいてもええんやろか。数知れんぐらいの男を食うてきた気がするけど、そんな俺でもアキちゃんは好きでいてくれんの?」 「アホか、お前は。ほんまに……なにを言うねん。俺を殺す気か」  何を思ったんか、アキちゃんは俺を抱いたまま、天井を仰いで悶絶したような声だった。 「お前がどんなやつか、俺はまだようは知らへん。そんなんは、どうでもええねん。でも、俺と居るときは、俺だけにしてくれ。頼むから……亨、俺だけにしてくれ」  喘ぐようにそう言って、アキちゃんは俺の顎を掴み、熱いキスをした。それはいつになく激しかった。アキちゃんも、こんなことできるんやと、俺はうっとりしながら強く抱かれていた。  触れあったところから体が溶け合うて、ひとつになるような心地がした。アキちゃんが俺を、綺麗にしてくれる。そんなような気がして、俺は朦朧(もうろう)とした。熱くうねる奔流のような力が、アキちゃんから俺に、流れ込んでくるようやった。  それはベッドで抱き合うて、汗まみれで達する時と、よう似ていたけど、それよりももっと純粋で熱い何かやった。熱い。  亨、と、アキちゃんが俺を呼んでいた。耳で聞く声やったか、それとも心に聞こえる声やったんか、それは良う分からへん。アキちゃん、大好きと、俺は心で答えたけど、たぶん聞こえへんかったやろう。言葉を尽くしても、その気持ちは伝えきれへん。ただ黙って抱き合うて、貪り合うしか、その情念を教える方法がない。  アキちゃんも何も言わんかったけど、言葉やない何かで、俺が好きやと言うていた。その強い腕で、燃えるようなキスで。  激しく貪られながら、俺は幸せやと思った。  幸せや、ずっと離さんといてと、そう祈っていた。

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