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6-2 トオル
昔は俺も食欲旺盛で、血肉 を食らったこともあるんやで、アキちゃん。せやから、あんまり俺を焦らすと、危ないで。たたでさえ俺はアキちゃんが欲しいんや。連れて行こうとするかもしれへん。俺の仲間にして。
確か何か方法があるねん。精気を交換してやればええねん。血だと理想的。思いあまって相手を、骨まで食うてまうような、堪え性のないのもおるで。そしたら俺もアキちゃんと一体に。そやけど、そしたらもう、抱き合えへんからなあ。その手前ぐらいが、やっぱり理想的かなあ。
そんなことを考えていると、はあはあと喉が渇いてきた。
俺。けっこう、ヤバいかも。アキちゃん、好きすぎる。
「なあ。いつまで我慢すればええのん。帰ったらいっぱい抱いてくれるんか」
「そんな話すんな。誰が聞いてるかわからへんのに」
「いっぱい抱いて、アキちゃん」
俺はいつも繋がってたいねん。アキちゃんはそうやないんか。
それが俺は切ない。そう思って見つめると、アキちゃんは困ったように、ちょっと優しく笑った。
「わかったから、言わんといてくれ。俺も我慢してるんや」
聞き逃すような小声で言うアキちゃんの台詞に、俺は目をぱちぱちさせた。睫毛 に触れる空気が凛 として冷たかった。
そうなんや。アキちゃんも実は、俺が欲しいんや。
そう思うと、なんかにやけてきて、俺は急に機嫌が良くなった。
なんや、そうかあ。じゃあ今夜はもっと強引にいっとこ。正月なんやから。一発やっとかんと。姫始めやろ。
うっふっふ、と俺が思わず笑うと、アキちゃんは嫌な予感がしたみたいな顔で、むっと険しい目をした。
「できたで。ごめん。足袋 はかすの忘れたわ。ほんまは先にはくんやけど。まあええやろ。座って足出せよ」
真新しいように見える足袋 を折り返しながら、アキちゃんがさも当然そうに言うた。
「はかせてくれんの?」
俺はちょっとびっくりして訊 いた。足袋 くらい自分ではけって言われるんやと思った。
「足袋 は慣れてないと、はくとき足挫 いたりするからな」
アキちゃんはそう言うて、座って脚を投げ出させた俺の踵 を、片膝ついた自分の膝のうえにとって、足袋 をはかせてくれた。
なんかすごくモヤモヤした。俺、足はあかんねん。
「気持ちええわ、アキちゃん」
恥じらいがないって、また言われるかと思って、俺はおそるおそる教えた。アキちゃんはそれに、なんてことないように頷 いて、反対の足にも足袋 をはかせた。
「まあ、気持ちええかもな。窮屈 やけど。たまにはええな。気が引き締まって」
アキちゃんは足袋 の感触のことを言ってるらしかった。
「違うよ。俺はアキちゃんに足触られるのが気持ちよかってん。俺、足が感じるんや」
アキちゃんは鈍いみたいやから、ぶっちゃけ言わなしゃあないと思って、俺はそう言うた。するとアキちゃんは、唖然とした顔で、自分の膝の上にある俺の足袋 はいた足をじっと見つめた。
それから、ぽいっと放り出した。
「アホか」
急いで立ち上がって、早口に吐き捨ててるアキちゃんは、照れたみたいやった。
「アホでもええもん。俺、アキちゃんに突いてもらいながら足舐められたら、たぶんあっという間にイクと思うわ。試す?」
「やめろ言うてるやろ、そんな話すんな」
アキちゃんはため息をついて、悩んでるみたいに眉間を押さえていた。それが面白いというか、嬉しくなって、俺はにやにや見上げてた。
「勃 った?」
「うるさい」
茶化 すと、アキちゃんは噛みつくみたいに怒って言うた。俺はそれに、思わず笑い声をあげた。なんや嬉しいわ、アキちゃんが俺に欲情するというのは。それだけで、なんか、求められてる感じがするもん。
「朝飯行かなあかん」
自分に言い聞かせてるみたいに、アキちゃんは目を閉じたまま、ぶつぶつ言った。
「行く前に一回だけでいいからキスして」
起きてからまだ一回もしてへんで。俺はそういうつもりで要求した。朝のぶんやで、アキちゃん。
「無理や、今は。早く行こう」
「なんで無理なん。ケチやなあ」
俺は渋々立ち上がって、それでも諦めきれずにアキちゃんの隙を突こうと狙ってた。にやにやして顔を寄せると、アキちゃんは本当に困ったような顔をして、首を倒して逃げた。
「やめてくれ、亨。俺、ほんまに我慢できんようになる」
そんな甘い話をするアキちゃんは、苦虫かみつぶしたような顔してた。それでも俺はため息が出た。
いい感じやん。触れなば落ちんの風情やで、アキちゃん。あともう一押し。
そう思ったけど、一押しされたのは俺のほうやった。嫌なもんでも押しやるみたいに、アキちゃんは顔をそむけたまま、俺の肩をぐいぐい押して、一歩退かせた。
「近いねん、亨。俺に三歩以内の距離まで近づくな」
やっぱり、つれない。アキちゃんはなんて薄情な男なんや。
俺はそう思って、がっかりしたけど、アキちゃんはその後、ぜんぜん薄情ではなかった。
あの、可愛いけどおっかない感じのお母さんに挨拶して、三人で白味噌の雑煮を食って、なんでか俺までお年玉をもらった。
その後、示し合わせたような同じ時刻から、何人来るねんというぐらいの無数の年始客が、ご大層な紫の風呂敷包みを持って、例の広い玄関に現れ、座敷みたいだった上がりかまちのところに正座して待つお母さんとアキちゃんは、いちいち頭下げて挨拶してやっていた。
それは昼過ぎまで続き、俺はときどき様子をうかがいに行ったけど、アキちゃんが戻ってくる気配はなかった。夕方ごろになってやっと、アキちゃんが気疲れした顔で、客間でぼけっとしてた俺のところに、昼飯食うかと、赤飯のおにぎり持ってやってきた。
それを客間の居間で、俺とアキちゃんは無造作に座って食っていたが、アキちゃんはいかにも、しんどそうやった。
「大丈夫か、アキちゃん。疲れたんか」
俺が心配して訊 ねると、アキちゃんは隠しもせず頷いていた。
「毎年、元旦は気疲れするわ」
「キスしたろか」
俺は冗談で言ったんやんけど、アキちゃんは押し黙ってるだけで、アホかとは言わへんかった。
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