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6-5 トオル

「ゆっくりやって、アキちゃん」  頷いて、アキちゃんはゆっくりやってくれた。はじめは正直、気持ちよくはなかった。苦しいばっかで。愉悦が欲しくて、思わず自分の前に手をやると、アキちゃんがそれを退けさせて、代わりにやってくれた。  なんか恥ずかしい。アキちゃんに愛撫してもらって、ゆっくり突かれるうちに、だんだん体が慣れてきて、口から喘ぎが漏れてきた。アキちゃんは、激しくやりたいのを堪えてるような気配だった。 「気持ちええのか、亨」 「気持ちいいよ。アキちゃんは」 「俺はすごくいい、すごく……」  それがすごい悪いことのように、アキちゃんは済まなそうに言った。 「でも、お前は痛そうや。大丈夫なんか、ほんまに。このままやって」  血でも出てんのかな。俺は苦笑してそう思った。たとえそうでも人並みの体やないから関係あらへん。治そうと思えば、すぐ治る。でもアキちゃんに、そう言うわけにもいかへんし。化けもんやって思われたない。俺はアキちゃんに、優しゅうされたいんやもん。 「俺、実は処女やってん。気にせずやって。アキちゃんが気持ちよかったら、俺はそれでええねん」 「俺はいやや」  振り絞るような声で、アキちゃんは耳元に答えてきた。でもそれで、行為が止まるわけではなかった。アキちゃんはたぶんもう、相当きてるで。 「亨、お前が俺に、飽きたらどうしよう。俺はなんの愛想もないし、つまらん奴やで。今日もずっと、退屈させたやろ。戻ってもお前がいないんちゃうかって、ずっと心配やった。どこか他のとこへ……今朝電話してた奴のとこへ……行くんやないかって」  アキちゃんは俺を抱きながら、譫言(うわ)みたいに苦しそうに言っていた。  それで(あせ)って、俺を抱こうと思ったんか。心配してたんや。ずっと、年始客の挨拶に時間をとられてる間、ずうっと。俺がもう、逃げた後かと、心配やったんやな。アキちゃんは、鈍いんか鋭いんか、わからん子やなあ。 「飽きたりせえへんよ。まだ会って一週間なんやで」  アキちゃんが可哀想になって、俺は(なだ)める口調やった。まるで小さい子と話してるみたいに。 「アキちゃん……あんまり前、虐めんといて。手だけでイってまいそう……アキちゃんので、して……」  なんかすごく、切ない。痛いような苦しいような感じがする。無理矢理入れられたのが痛かったんか。でも、そういう痛さやない。体のほうはもう、ひたすら気持ちよかった。痛みもただ、むず(がゆ)いようなもどかしさがあるだけで、そこにアキちゃんのが触れるのが、気持ちええくらいや。  それなら俺は一体何が痛いんやろ。胸が苦しい。こんな感じがしたのは初めてで、俺は自分がどっか壊れてるんやないかと心配になった。アキちゃんが突くと、死にそうに気持ちいい。自分でもすごいと思えるような甘い声が、喉から漏れて、アキちゃんが慌てて、俺の口に懐紙(かいし)の束を噛ませた。  窓が開いてることに、今さら気がついたんやろ。夢中のようでいて、そんなこと気にするのが、アキちゃんらしくて、俺は笑いながら、喘ぎを堪える歯で、乾いた味のする和紙の束を、きりきり噛んでいた。  ああ、なんかこれ、気持ちいいかも。いつも自分の声で、ほかにはなんにも聞こえてへんかったけど、声を堪えてたら、アキちゃんが案外、甘く(うめ)いてるのが聞こえる。(こら)えてるけど、どうにも(こら)えきれんというような、その微かな声が、耳の奥の方で、(とろ)けるように甘い。 「ああもう出そうや」  その堪えがたいという囁き声で、アキちゃんが愚痴った。かまへんよと、俺は促したけど、アキちゃんは絶対いややというふうに、首を振っただけやった。アキちゃんはいつも、俺を先にいかせようとする。負けた気がするらしい。自分だけ愉しむと。  あとはもう、熱い息だけの、沈黙の世界やった。  からん、ころん、と、また忘れていた例の、得体の知れん声がした。それが、かたかたと、梯子(はしご)を登ってくるのが、朦朧(もうろう)と抱かれる視界の中に見えた。  アキちゃんは、もうええて言うてんのに、前をやるのをやめてくれへん。気持ちよすぎる。俺は頭がくらくら来て、梯子(はしご)をあがったところから、四つん這いになってる俺の腹の下をとことこ通り抜けていく、小さい下駄の行列を眺めた。  朱塗りや黒塗りで、可愛い鼻緒のついてる、小さい子供用の晴れ着の下駄やった。どうもそれは年代物で、綺麗に手入れされてるけど、何代も受け継がれてきたもんのようや。  下駄には裏に口がついていて、からん、ころん、と歌っていた。怖気が立ったが、それは俺がアキちゃんの指でいかされそうなのを、必死で堪えてるせいかもしれなかった。  アキちゃんがまた悪さしてるわ、蔵に閉じこめられてるわ、悪い子やわあと、下駄が喋っていた。そいつらはどうも、俺に言うてるらしかった。アキちゃんには全然、聞こえてへんみたいや。  この子はほんまに頑固な利かん坊やねんで。気いつかへんと悪さして。雨を呼んでは橋流す。台風呼んでは川溢れさす。トヨちゃんも、いちいち止めなあかんで大変なんやでえ、と、下駄たちが口さがない噂話をしていた。  トヨちゃんて誰なんやと俺が言葉でなく()くと、そんなんも知らんのか、お前アホちゃうか、アキちゃんのおかんやないかと、下駄たちはきつい口調で言い返してきた。その話し方は、なんとなくアキちゃんと似てた。  トヨちゃんも、ほとほと困ってるんやで。アキちゃんは、ぼんくらなんか。力あんのに、なんで使わへんのんや。たったひとりの跡取りやのに。秋津の家もうちの代で終わりなんやろか。鈴の入った小さい赤下駄が、愚痴愚痴言うてた。  いやいや、そんなことないでと、別の黒塗りの下駄が口を挟んだ。アキちゃんは天狗さんの子なんやで。血が濃いんやでえ。あの子はひとりで寂しいんやで。変な子や言うて友達でけへんやないか。いっつも蔵で泣いてたんやで。  お前、トオルちゃん言うんか。アキちゃん泣かせたら、うちらが承知せえへんで。この子は秋津の跡取りなんやで。よろしゅうおたのみもうします。  いくつもの下駄がそろってお辞儀をするのを見て、俺は自分も頭沸いてきたんやろうかと思った。

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