22 / 43
6-5 トオル
「ゆっくりやって、アキちゃん」
頷いて、アキちゃんはゆっくりやってくれた。はじめは正直、気持ちよくはなかった。苦しいばっかで。愉悦が欲しくて、思わず自分の前に手をやると、アキちゃんがそれを退けさせて、代わりにやってくれた。
なんか恥ずかしい。アキちゃんに愛撫してもらって、ゆっくり突かれるうちに、だんだん体が慣れてきて、口から喘ぎが漏れてきた。アキちゃんは、激しくやりたいのを堪えてるような気配だった。
「気持ちええのか、亨」
「気持ちいいよ。アキちゃんは」
「俺はすごくいい、すごく……」
それがすごい悪いことのように、アキちゃんは済まなそうに言った。
「でも、お前は痛そうや。大丈夫なんか、ほんまに。このままやって」
血でも出てんのかな。俺は苦笑してそう思った。たとえそうでも人並みの体やないから関係あらへん。治そうと思えば、すぐ治る。でもアキちゃんに、そう言うわけにもいかへんし。化けもんやって思われたない。俺はアキちゃんに、優しゅうされたいんやもん。
「俺、実は処女やってん。気にせずやって。アキちゃんが気持ちよかったら、俺はそれでええねん」
「俺はいやや」
振り絞るような声で、アキちゃんは耳元に答えてきた。でもそれで、行為が止まるわけではなかった。アキちゃんはたぶんもう、相当きてるで。
「亨、お前が俺に、飽きたらどうしよう。俺はなんの愛想もないし、つまらん奴やで。今日もずっと、退屈させたやろ。戻ってもお前がいないんちゃうかって、ずっと心配やった。どこか他のとこへ……今朝電話してた奴のとこへ……行くんやないかって」
アキちゃんは俺を抱きながら、譫言 みたいに苦しそうに言っていた。
それで焦 って、俺を抱こうと思ったんか。心配してたんや。ずっと、年始客の挨拶に時間をとられてる間、ずうっと。俺がもう、逃げた後かと、心配やったんやな。アキちゃんは、鈍いんか鋭いんか、わからん子やなあ。
「飽きたりせえへんよ。まだ会って一週間なんやで」
アキちゃんが可哀想になって、俺は宥 める口調やった。まるで小さい子と話してるみたいに。
「アキちゃん……あんまり前、虐めんといて。手だけでイってまいそう……アキちゃんので、して……」
なんかすごく、切ない。痛いような苦しいような感じがする。無理矢理入れられたのが痛かったんか。でも、そういう痛さやない。体のほうはもう、ひたすら気持ちよかった。痛みもただ、むず痒 いようなもどかしさがあるだけで、そこにアキちゃんのが触れるのが、気持ちええくらいや。
それなら俺は一体何が痛いんやろ。胸が苦しい。こんな感じがしたのは初めてで、俺は自分がどっか壊れてるんやないかと心配になった。アキちゃんが突くと、死にそうに気持ちいい。自分でもすごいと思えるような甘い声が、喉から漏れて、アキちゃんが慌てて、俺の口に懐紙 の束を噛ませた。
窓が開いてることに、今さら気がついたんやろ。夢中のようでいて、そんなこと気にするのが、アキちゃんらしくて、俺は笑いながら、喘ぎを堪える歯で、乾いた味のする和紙の束を、きりきり噛んでいた。
ああ、なんかこれ、気持ちいいかも。いつも自分の声で、ほかにはなんにも聞こえてへんかったけど、声を堪えてたら、アキちゃんが案外、甘く呻 いてるのが聞こえる。堪 えてるけど、どうにも堪 えきれんというような、その微かな声が、耳の奥の方で、蕩 けるように甘い。
「ああもう出そうや」
その堪えがたいという囁き声で、アキちゃんが愚痴った。かまへんよと、俺は促したけど、アキちゃんは絶対いややというふうに、首を振っただけやった。アキちゃんはいつも、俺を先にいかせようとする。負けた気がするらしい。自分だけ愉しむと。
あとはもう、熱い息だけの、沈黙の世界やった。
からん、ころん、と、また忘れていた例の、得体の知れん声がした。それが、かたかたと、梯子 を登ってくるのが、朦朧 と抱かれる視界の中に見えた。
アキちゃんは、もうええて言うてんのに、前をやるのをやめてくれへん。気持ちよすぎる。俺は頭がくらくら来て、梯子 をあがったところから、四つん這いになってる俺の腹の下をとことこ通り抜けていく、小さい下駄の行列を眺めた。
朱塗りや黒塗りで、可愛い鼻緒のついてる、小さい子供用の晴れ着の下駄やった。どうもそれは年代物で、綺麗に手入れされてるけど、何代も受け継がれてきたもんのようや。
下駄には裏に口がついていて、からん、ころん、と歌っていた。怖気が立ったが、それは俺がアキちゃんの指でいかされそうなのを、必死で堪えてるせいかもしれなかった。
アキちゃんがまた悪さしてるわ、蔵に閉じこめられてるわ、悪い子やわあと、下駄が喋っていた。そいつらはどうも、俺に言うてるらしかった。アキちゃんには全然、聞こえてへんみたいや。
この子はほんまに頑固な利かん坊やねんで。気いつかへんと悪さして。雨を呼んでは橋流す。台風呼んでは川溢れさす。トヨちゃんも、いちいち止めなあかんで大変なんやでえ、と、下駄たちが口さがない噂話をしていた。
トヨちゃんて誰なんやと俺が言葉でなく訊 くと、そんなんも知らんのか、お前アホちゃうか、アキちゃんのおかんやないかと、下駄たちはきつい口調で言い返してきた。その話し方は、なんとなくアキちゃんと似てた。
トヨちゃんも、ほとほと困ってるんやで。アキちゃんは、ぼんくらなんか。力あんのに、なんで使わへんのんや。たったひとりの跡取りやのに。秋津の家もうちの代で終わりなんやろか。鈴の入った小さい赤下駄が、愚痴愚痴言うてた。
いやいや、そんなことないでと、別の黒塗りの下駄が口を挟んだ。アキちゃんは天狗さんの子なんやで。血が濃いんやでえ。あの子はひとりで寂しいんやで。変な子や言うて友達でけへんやないか。いっつも蔵で泣いてたんやで。
お前、トオルちゃん言うんか。アキちゃん泣かせたら、うちらが承知せえへんで。この子は秋津の跡取りなんやで。よろしゅうおたのみもうします。
いくつもの下駄がそろってお辞儀をするのを見て、俺は自分も頭沸いてきたんやろうかと思った。
ともだちにシェアしよう!