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6-6 トオル
アキちゃん、この家、変やで。アキちゃんの実家、普通やないで。それに俺、もう、我慢でけへんわ。
「アキちゃん……漏れそう。出していいんか、床が……汚れるよ」
背に覆い被さってたアキちゃんの、俺の首筋に擦り寄せられていた頬に、俺は仰け反って訊ねた。
「大丈夫や、俺の手に出せ」
ああ、なんかそれは、恥ずかしい。そう思うと我慢できんようになってきて、俺は押し殺した鼻にかかった喘ぎで、感極まってきた。アキちゃんが俺を追い上げていた。短い悲鳴は堪えきれなかった。
震えながら出すと、アキちゃんの指から漏れたひとしずくが床に落ちた。
お行儀の悪い子やわあ、と、下駄どもが大騒ぎして殺到してきて、その一滴を舐めた。美味いなあと、やつらは臆面もなく感嘆していた。
そりゃそうやろ。俺はそういうもんや。お前らも無駄に精がつくってもんや。ていうか、下駄って舌あるんや。歯があるのは知ってたけど。舌もあるんや。
そう思いながら、やっと安心したみたいに、最後の愉悦に溺れてるアキちゃんの追撃を、俺は身に受けた。腰抜けそうに気持ちいい。切なげに鋭く呻 いて、深く入れたアキちゃんが、もう動かないのを見て、下駄どもは一滴くらいまた漏れてこんかと思うらしかった。
お前らもアキちゃん狙いなんか。ライバル多いなあ。だけどこれは俺が、全部もらうし。
熱い奔流を受けて身を震わせる俺を、下駄どもは、この因業めと、わあわあ罵っていた。しかしそんなことはお構いなしや。履き物ふぜいの言うことに、なんで俺が頓着せなあかんのや。
ううん、と呻くようなため息を、アキちゃんがやっと漏らした。疲れたみたいやった。
「夜んなってもうた」
恥ずかしそうに、アキちゃんは窓の外の、とっぷりと暮れかけた黄昏空の、曖昧な色合いに目を逸 らしていた。
「お前の足、舐 めてやんの忘れてた」
アキちゃんは、ますます恥ずかしそうに、そう付け加えた。
「夜またすりゃええやん」
「もう夜なんやで」
呆れたような、いつも口調で、アキちゃんは俺を非難した。でも、もう、怒ってるようではなかった。
そしてゆっくりと体を離し、大丈夫かと心配そうに俺に聞いた。平気やでと俺は答えた。平気どころか絶好調やで。アキちゃんのを呑んだから。むしろ、やる前より、いろいろ漲 ってるくらいやで。
もちろん、そこまでは答えへんかったんやけど。アキちゃんは、俺の様子がいいのをみて、安心したらしかった。
それから俺ので濡れた自分の手を見て、懐紙をとってくれと頼んできた。
「拭 かんと、舐 めれば」
冗談やったけど、アキちゃんがそんなんやるわけないと思って、俺は意地悪く、拾った懐紙の束をもういっぺん口に銜 えてみせた。でも、アキちゃんは一瞬考えたみたいやった。ほんまにやるんちゃうかという気がして、俺は唇を開きかけたアキちゃんの魅入られたような目に慌てた。
とっさに手を掴 んで止めると、アキちゃんはぽかんとしていた。
「冗談やんか。本気にせんといて」
俺は照れながら、アキちゃんの手を懐紙で拭いてやった。
そんなもん体に入れたらあかんよ。そんなの度々やってるうちに、俺の僕 にされてしまうよ。アキちゃんにはそんなん似合わへんやん。アキちゃんはいつも通りの、態度でかいご主人様でないと。
「亨」
先に俺に着物を着せてくれながら、アキちゃんは決心したように言った。
「三が日すぎたら、出町に帰ろうか」
「いいけど、なんで? 十五日までは正月なんやろ。お母さんが、がっかりしはるで」
自分の着物を直してたアキちゃんは、黄昏の暗がりのなかで、苦笑の顔のようだった。
「絵を描きたいねん」
なんや、またそれかと、俺はがっかりした。
「それに……お前に声出すの我慢させるのも可哀想やし」
もののついでみたいな言い様で、アキちゃんは早口にごまかしていた。
俺は一瞬の真顔のあと、堪えきれず、にやにやした。えへへ、と笑えてきたけど、それはさすがに我慢した。アキちゃんにどつかれそうな気がしたからや。
「あれ。なんや、この下駄は。こんなん、どっから出てきたんやろ」
アキちゃんはびっくりしたように、床にたくさん散らばっている、子供用の下駄を怪訝 そうに見回した。下駄どもはもう、ぴくりとも動かない、ただのモノに戻っていた。それとも、食ろうた精気に酔っぱらろうて寝てるだけか。
「戻って風呂入ろうか」
優しいような声で、アキちゃんが誘ってきた。俺はそれに、くうんと甘えたい子犬の気持ちで、ぱたぱたと尻尾を振った。
「一緒に入ってくれるんか」
「いや、それは無いやろ、亨。常識で考えろ。ここは俺の実家なんやで」
すっかり平静に戻っていたアキちゃんは、けろりとしてそう言うた。
なんやそれは。犯ったらもう用済みなんか俺は。この蔵もお前の実家やないか。ここで一発やったって、お前のおかんに言いつけたるぞ。一晩、蔵に閉じこめられて、闇夜に棲んでる何やよう分からんようなもんに、お前もべろべろ舐められればええんや。
内心そう罵ったけど、勿体 ないから俺は言うのをやめた。どうせならそれは俺がやるわ。だってアキちゃんは俺のもんやからな。誰にも渡さへん。
それに今夜はまたお楽しみやでえ。そう期待して、俺は窓から見える景色に、うっふっふと笑った。きりっと冷えた冬の夜空に、天狼星 が美しくぎらぎらと輝いていた。抱き合っていないと寒いような、息の白く凝 る初夢の夜だった。
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