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7-1 アキヒコ
朝になると、俺はめちゃくちゃ落ち込んでいた。
初夢の夢見が、今いち良うなかったせいかもしれへん。
大学で描いている例の川原に立ってたら、真っ白い金の目の大蛇 が出てきて、俺を食おうとする夢やった。その蛇が恐ろしく醜悪なような、魅入られるほど美しいようなで、なんともいえずエロくさい。ちろりと時折出す舌が異様に赤いのが、やたらと目について、俺はうんうんうなされていたらしい。
亨が明け方に俺を起こして、そう言うてた。うなされてたで、アキちゃんと言うて、亨は今夜もまた裸で抱き合 うたまま眠った素肌の腕で、俺の胸をやんわり抱いてきた。それが誘うようで、たまらんような気がして、殺されるとまた思った。
昨夜 は、蔵であんなことした後やったから、自重しようと俺は思ってた。言い訳かもしれへんけど、一応ほんまやった。
寝入りばなにはちゃんと寝間着を着てたし、浴衣の着方がわからへんと甘えた声を出す亨にも、昨夜 はちゃんと着せてやった。寒いのもあって、ひとつ布団に潜 ったんが、間違いやったんか。
俺が寝ようとすると、アキちゃん、眠らんといて、足舐 めてくれる言うてたやんと、亨がひそやかな声で耳打ちしてきた。冗談やなかったんかと、俺は焦った。亨はなんでそこまで、沢山したいんやろう。
でも、誘われるから言うて、それに付き合える自分も自分やと俺には思えた。けっこう淡泊なつもりでいたけど、そんなん嘘やったんや。ほんまは俺も性欲の権化 やったんや。
アキちゃん、その気にさせたるわと言って、にやにや布団に潜 った亨に、たっぷり舐 めたり吸ったりされて、それを納得させられた。もうあかん、ほんまに。
声が漏れへんようにといって、亨は自分の口に、うちの蜻蛉 の家紋の入った手ぬぐいを詰めさせた。そうまでして、やって欲しいという亨に負けて、思い切って足指を舐 めてやると、亨は布団の中でのたうち回るほど身悶えた。木綿で塞 がれた亨の口から、それでも苦しいみたいな喘ぎが漏れてきて、俺も理性が吹っ飛んだんかもしれへん。
入れてくれと、布を吐き出して泣きついてきた亨に、お前には蔵で怪我させたはず、痛いんちゃうかと一度は拒んだものの、やりたいのが本音やった。もう何ともないという亨の話を、そんなアホなとは否定できへんかった。
でも嘘でなく、亨は痛がりはせえへんかった。どうやって慣らすのか、亨は俺に教えた。それに萎 えるとは、もう全然思えへん。むしろヤバい。焦らされたように亨が身悶えるのに、興奮してくる。
やっと押し入れて、夢中で耽 りだす頃合いに、亨は爪先で俺の顎 を撫でてきて、舐 めろというように誘った。普通そんなもん嫌なんとちゃうか。でも、半時ばかり前に、白足袋 から剥 いてやった亨の、やけに真っ白いような足は綺麗で、舐 めろと求められても嫌やなかった。むしろ欲しい。
なんか危ない陶酔感がある。
なんでこんなことやってるんやろと、頭の隅 にでも冷静な自分を残そうとしたけど、仰 け反って悶える亨の、声を押し殺して、汗をかいた顔を見てたら、そういうのも全部どこかへ吹き飛んでいた。亨は堪えきれへんかったのか、また自分で手拭いを口に含んだ。それがまた、やらしい気がして、背筋がぞくっとする。
足は弱いという、亨の自己申告は、嘘やない。むちゃくちゃ気持ち良さそうに、亨は早々とイった。その体の中に自分のを入れてることに、俺は勝ったような気がしていた。
誰に。
たぶん、亨が電話してた、どんなやつかも知らん相手に。
俺のほうが、亨をもっと気持ちようしてやれる。俺がただ入れるだけで気持ちええって、亨はいつも言うてた。そのうえ足まで舐 めてやるんやから、亨は満足するやろ。俺ひとりで満足する。ろくに勃 たへんような死にかけのヘタレと浮気したりせえへん。
亨は俺が一回やる間に、二回もイった。最後のほうはほとんど、正気やないような悶えかたやった。そこまでこいつを、気持ちよくさせてやれるやつが、俺のほかにいるわけない。亨にとって俺は、特別な存在のはずや。
そう思って悦 んでる自分に気がつくと、ものすごい自己嫌悪がした。
俺は何で、こんな嫌な奴なんやろ。そんな俺に、亨はほんまに惚れてるんやろかと、また心配になってきて、頭がくらくらする。
それでも亨は、終わってうっとりしてる所に、可哀想に思って、口に入れた布をとってやると、微笑んで、大好きやアキちゃんと言った。どことなく枯れたような声で。俺にはそれが、堪 らんかった。
早く帰って、絵、描きたい。亨の絵を。川辺に立って、こっちに微笑みかけてる顔を。
うまく言葉にならん自分の感情を、吐き出したかった。
それを亨に見せたら、分かってもらえるかもしれへん。俺がお前を、どう思ってるか。
そやから帰らなあかんと、決心がついた。
それに帰れば、いつでもそうしたい時に、亨を抱いてやれる。こいつが俺を、欲しがった時に。俺がこいつを、欲しがった時に。
けど、そんなんで、ほんまにええのか。俺は亨がどこの誰かもまだ知らへん。鬼か蛇 かもしれへんで。そんなのに入れあげて、実家の正月も放り出して、とっとと逃げようっていうんか。
そんなん、許さへんえ。
怖い顔して、そう言うおかんが想像ついて、俺は結局それに落ち込んでるんやった。
なんかもう、ボロッボロやな、俺。マザコンやし、優柔不断やし、しかもエロ。この上ものう格好悪いわ。そういう自分が、嫌でたまらへん。
そう思って朝飯食ってる俺は、果てしなく暗かったようで、おかんも亨も、なんとなく引いていた。
「どないしたんや、アキちゃん。青い顔して、元気ないえ。疲れたんか。お腹でも痛いんか」
おかんは心配そうに訊いてきた。
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