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8-4 トオル
アキちゃんは、ゆっくりと、天井に埋め込まれてたビデオカメラらしい、丸い小さな穴を見上げた。あれがカメラやったなんて、考えてなかった。いつもオカンの結界のことで、必死やったから。
逃げようかと、発作的に迷ってる俺のほうを、アキちゃんはゆっくりと振り返った。なんともいえん真顔やった。
「亨」
アキちゃんは、ぽつりと俺を呼んだ。
「お前、映ってへんで……」
そして、かすかに眉間 に皺 を寄せた顔で、アキちゃんは逃げようとする俺の腕を掴 んで、引っ張り寄せてきた。
「なんで、見えてんのに、カメラに映ってへんのやろ。ちゃんと、触れんのに」
「アキちゃん、俺……」
なんて言えば、言い訳になって、ごまかせんのかと、俺は必死で考えていた。でも何も思いつかなくて、また震えてきた。アキちゃんは、俺なんか、出ていけというやろか。それとも、家族や恋人やなんて、厚かましい言うて、俺をどこかに閉じこめて、捕まえとくことにするやろか。もう今までみたいには、優しくしてくれへんようになるか。
「だましてたわけやないねん。ただ、なんて言うてええか、わからへんかったんや」
「お前はいったい、何やねん、亨。幻やないよな、おかんにもお前が見えてたんやもんな」
腕をつかんだ俺の目を、じっと見つめて、アキちゃんは真剣に訊 ねていた。俺はそれに、何か答えないとあかんようやった。だけど俺も、自分がなんなのか知らへんかった。そんなこと訊 かれても、ただ苦しいばっかりや。
それで俺は、悲しくなって、ぜえぜえ身悶えてた。アキちゃんはそれを、困ったように見てた。
「大丈夫か、亨。心配せんでええねん。お前が何でも、俺はかまへんから。お前もわからんのやったら、答えんでええねん」
「アキちゃん、怒らんといて。俺を、捨てんといて。嫌いにならんといて」
すがりついて頼むと、アキちゃんは苦笑していた。ちょっと照れたみたいに。優しい顔やった。いつもよりずっと。
「なあ、亨。俺はたぶん知ってたで。お前が正体不明なのは。でも、それに、気づかんようにしててん。気づいたら、お前がどこか行ってまいそうな気がしてん。でも、まさか、カメラに映らへんとはな……困ったな」
「困るんか、やっぱり」
俺が悲しくなって、悲鳴じみた返事を返すと、アキちゃんは頷 いた。
「困るやろ、それは。だってどうやって顔認証やるねん。まさかお前、ずっと俺と一緒にしか出入りせん気か?」
アキちゃんは、さらっと、そんなことを言った。
俺は言われた話の意味を考えて、しばらく呆然としてた。
それって。つまり。追い出されへんのやろか。
アキちゃんは、俺がカメラに映らないようなやつでも、別にかまへんの?
嘘お。そうなん。そんな子やったっけ。
「でもまあ、ええか。それはそれで。お前もうっかり浮気したりでけへんもんな。お前なあ、亨。悪さしたら、家に入れてやらへんからな」
うっ、と、俺は呻 いた。アキちゃんは、まるで機嫌がいいみたいに、にこにこしていた。
「なんやそれ。お前かて実家で顔のない女と抱き合ってたやないか。あれは何やねん、俺は忘れてへんで!」
「あれは舞ちゃんとかいうんや。おかんの式神らしいで。俺とは関係ないんや、誤解やで」
アキちゃんは早口に言い訳をした。そんなことない。目が泳いどるでアキちゃん。
「嘘や、怪しいわ。何やねん、もう、俺にはさんざん焼き餅やいといて、自分は姫カットとか下駄とか舞ちゃんとかなあ! 俺が可哀想やないんか!!」
俺はもう、今まで我慢してた分の限界ですみたいな感じで、悲しくて情けなくなってきた。アキちゃんはちょっと、ずるいんやないか。俺には一途になれみたいに要求してくるくせに、自分はぜんぜん一途やないやん。あのおかんかて怪しいで。みんなして、よってたかって俺のもんを横から盗ろうとしくさって。むかつくんじゃ!
「ごめんて。でも、ほんまに俺は、お前が好きやで。心配すんな」
「そうか。そんならその証拠に、ここでキスしてくれ」
俺はごねた。アキちゃんは真顔を崩さへんかったけど、明らかにドン引きしていた。
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