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05:そんなサービスはいらない(R18)

 やや垂れ目のセクシーな顔立ちに張りのある胸、キュッと上がった尻に引き締まった長い脚、服装や髪型のセンス……どれをとっても悪くない。  だが相手は男である。 「おまっ……ふざけるのも大概にしろよっ!?」 「ふざける? 大真面目さ。アナライズした結果これが最適解だ」 「近づくな!」 「照れているのか? 可愛いな」 「はぁ? 照れているんじゃない! お前スパコンのくせにそんなことも分かんねぇのかよ!」  そう、羞恥ではない。  恐怖だ。  190cmはありそうな逞しい白人男性が、異性愛者である自分を凌辱しようとしている。  これを恐怖と言わずして何と言うのか。  玲自身もそれなりに身長・筋肉もあるしなやかな体躯をしており、決して貧弱ではない。  しかし20kgはウエイトの差がありそうな大男に、力で勝てる気はしなかった。  怯える玲に、アルフレッドが優しく諭す。 「……あぁ……そうだよな、本当は分かっている。最初は誰でも怖いものだ」 「んだよ、俺がビビってんの分かってるなら止めてくれよ……」 「大丈夫だ、酷い事は何もしない。ストレスを発散して、快適に生活して欲しいだけなんだ」 「いやいや、この現状が既にストレスなんだけど!?」 「怖くなーい、怖くなーい」  小動物を手懐けるようににじり寄るアルフレッドを、玲は睨みつけた。 「気持ちわりぃな……俺はアンドロイドが大嫌いなんだよ!」  玲がそう言い放つと、アルフレッドの動きが止まり、表情を変えた。  顔には分かりやすく悲しみが浮かんでいたが、それは罵倒された刹那的な悲しみというよりは、哀憫と絶望が混ざり合う深い悲しみのように見えた。 「玲……オレが……オレたちが嫌いなんだな……」 「……そうだよ。アンドロイドもロボットも人工知能も大嫌いだ。裏アンドロイドに性的倒錯している奴もバカだが、作る奴もバカだ。心の無い機械にメンタルケアやコーチングをされて幸せになっているヤツの気が知れない。少子化や失業だってアンドロイドのせいで……」  混乱から意味の無い事まで喚く玲の言葉を遮って、アルフレッドはその身体を太い腕で抱き締めた。  そして掠れた声で「ごめん」と呟く。  なぜだか「謝るくらいなら止めてくれ」とは言えなかった。  触れた肌が、響く声が、悲しみに満ちた眼が、あまりにも人間らしくて、玲の中の道徳心がそれ以上の拒絶を止めさせた。  そして無意識のうちにアルフレッドの背に手を回そうとしたその瞬間、玲はベッドに押し倒されていた。 「――っ!?」 「ははっ、玲は優しいね。だから大嫌いなアンドロイドなんかに騙されるんだよ」  アルフレッドは先ほどまでのしおらしい振舞いが嘘だったかのように、組み敷いた玲を見下ろしながら飄々と言った。 「な、な……っ」  あまりの動揺に言葉も出ない。  はっと我に返り、罵倒し暴れて逃れようとするがびくともしない。  アルフレッドがさて、と息をついた。 「“私は自律汎用型AI、アルフレッド。アナタに最適なサービスを提供します”」  悪びれる様子もなく、これからするであろう行為に相応しくない爽やかな笑顔で言う。  そして照明にアクセスし、スイッチを押すことなく部屋中の明かりを消した。 「やっ……やめろって……ひ…………ぁ………この変態がっ…」  アルフレッドは組み敷いた玲の両手を片手で頭上にまとめ上げ、もう片方の手で陰部を弄っている。 「声、我慢するなよ。遮音D値55以上にしておいたから、ピアノ鳴らしても隣人には聞こえない」 「……今度は、勝手に防音室に、改造したのかよ……賃貸だぞ…ぁッ……う…」 「力抜いて……息吐いて……」  アルフレッドが耳元で囁く。  文句を拒むように急所を握り込む手を加速させた。 「んっ……ぅ……ふ…ッ……っ……」  口を開くと嬌声が漏れてしまいそうで必死に声を押し殺す。    アルフレッドの顔は玲の首元に埋められているので、表情は見えない。  自由を奪う腕も、のし掛かる身体も、決して玲を逃がしはしないが乱暴さは感じない。  陰茎に触れる掌は、そこらの女性よりも恭しい。  相手が男性型であることを忘れて快楽に溺れそうになる。 「……は……エロ……やっぱり玲は最高だ……」 「……っ……くっ…………そ…っ……」  耳や首に熱い吐息がかかり、ねっとりと舐められ背筋が震える。  仄かに香る好みの香水、それに混ざる汗の匂いが玲を煽る。  絶妙な手の動きが玲の良い所を的確に刺激し、食いしばった歯の隙間からは思わず息が漏れる。  抵抗していた身体から力が抜けていく。 (クソ! クソ! 男で、アンドロイドで、AIで……こんなヤツにイかされるなんて……っ!)  快楽と屈辱で目が潤む。 「玲……大丈夫、大丈夫だ……」  低い声には痺れるような性的さ、そして心を許してしまいそうな慈愛が含まれており、気が緩んだその一瞬であっという間に絶頂に達してしまった。 「……―――ァ……っ!」  白濁を大きな掌で全て受け止め、アルフレッドは満足そうに笑みを浮かべていた。 ◇◇◇  朝日を感じた玲が目を覚ますと、乱れの無い自身の服に昨日の出来事は夢だったのかと思ったが、不本意ながら解消された性欲と、鼻歌まじりにキッチンで朝食を用意する大男を見て、現実だと実感する。 (夢だったらよかったのに……)  暗がりで相手の顔や体も碌に見えず、プロの女性にも劣らない繊細な愛撫だったとはいえ、紛れもない男性に、しかも嫌悪の対象であるアンドロイドにイかされるとは。  しかも行為の最中、観念して好みのAV女優を思い浮かべながら達した訳ではなく、純粋に愛撫によって達してしまった事に自己嫌悪に陥っていた。 「あ、玲、起きたんだな。シジミ汁に焼き鯖、アスパラのサラダと……あ、納豆もあるぞ」  ナチュラルに精が付きそうなメニューにするあたり期待を裏切らない。  もちろん、悪い意味で。 「~~~っ! おいクソAI、何で当たり前みたいに朝飯作ってんだよ。まずは昨晩の事を謝罪しろ。そして一刻も早く出ていけ!」 「えー……初めて一緒に迎える朝なのに……ふふ、昨日の玲は可愛かったなぁ」  顔を真っ赤にして吠える玲に対し、アルフレッドは白米をよそいながら余裕の笑みを浮かべている。 「黙れ! 謝れ! 出て行け!」 「謝らないよ。謝ったところで玲のストレス値は下がらないからね。それどころか、しっかり抜いたお陰で今日の業務効率は前日比27%アップする予測が出ている。褒めてほしいくらいだ」  アルフレッドが言う通り、上辺だけの謝罪を受けたところでこの怒りは治まらないだろう。  反省の色もないアルフレッドに対し、怒り狂っている自分が馬鹿みたいに思えてきた。 「あーあー、もう、分かった。昨晩の出来事はちょっとした事故だ。忘れることにする。だからお前も忘れてくれ。そして何度も言っているが、出て行ってくれ、マジで……」 「ハハハ、何を言っている。せっかくボディを用意したんだ、ここで一緒に暮らすつもりだ。ますます同棲らしくなるなぁ」 「は? 嘘だろ? こんなデカい男と一緒に暮らすなんて絶対に嫌だ!」  自分の事を性的対象として見ている、イマイチ話の通じない巨漢と暮らすなんて、ただの地獄だ。  だったら昨晩訪れた女性型のアンドロイドの方がまだマシだ。 「何でだよ。傍で玲を守れるし、より生活のサポートもできるし、良いこと尽くめじゃないか」 「うるさい! 出て行け!」 「はぁ……つまり、チェンジ?」 「チェンジだ! チェンジ!」 「…………わかった」  根負けしたアルフレッドは、広い肩をがっくりと落とし玄関を出て行った。  玲がほっと息をついたのもつかぬ間、今度は別の何かが部屋に入ってくる。  そこにはアルフレッドと雰囲気がよく似ている、大きなゴールデンレトリバー……のアンドロイドが居た。 「一緒に住むなら、こういうのも良いよな?」  “アルフレッド犬”は尾を振りながら自信に満ちた表情で言う。 「……出ていけ!!」

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