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第9話 二杯目(5)

 夜間の勤務では利用しない場所の一つは、社員食堂がある。休憩スペースとしては使うことはあっても、こうして食事をとることはない。だいたい、休憩するのも、防災センターの奥にあるテーブルにパイプ椅子で十分だった。  昨日も木村さんに連れてきてもらったから、ここのシステムはもう覚えた。入口そばにある食券の自動販売機でメニューを選ぶ。基本はAランチ、Bランチ、あとは単品でのメニューになる。昨日は時間があまりなかったのと、昼時を過ぎてたこともあり、ランチメニュが終わってしまっていた。 「今日はAランチにすっかな」  ポツリと呟きながら、俺は小銭入れを取り出した。小銭入れといいながらも、千円札を一枚だけ降り畳んでしまってある。俺はたくさん折り曲がっている札を伸ばし、自販機に入れると、『Aランチ』のボタンを押した。 「上原く~ん、こっち、こっち」  木村さんがすでに席をとって座っていた。手をふって場所を教えてくれたので、俺は慌てて頭を下げると、急いでトレーに食事をのせていく。今日のメニューは俺が好きな生姜焼き。ぷぅんと香ばしい匂いが、ただでさえ腹の減っている俺の食欲を煽る。  俺はさっさと木村さんのいる席に向かおうとしたら、なんと、すでに周囲は女性陣に囲まれている。木村さんも、にこやかに女性たちと語らってらっしゃる。 「あららぁ」  トレーを持ったまま立ち止まった俺は、周囲を見渡し、窓際の一角が空いているのに気が付いた。俺は目の端に木村さんを確認しつつ、空いている席に腰をおろした。 「いただきます」  俺は両手を合わせてから箸を握り、いざ、食事っ!と思ったところで。 「ここいいかな?」  柔らかい感じの男性の声がかかり、生姜焼きに向けられていた俺の視線は自然と上へとあがる。そこには、俺と同じAランチを手にしたホワイトさんが立っていた。 「え、あ、はい、どうぞ」 「ありがとう」  ニコニコ笑いながら俺の目の前に座るホワイトさん。イケメンハーフが箸を握って、味噌汁をすする図って、どうなのよ。そう思いながら見てたせいで、俺の箸は止まってた。 「早く食べなくていいのかい?」  クスッと笑う様子に、俺は一瞬、ドキッとする。  ……ドキッ?  自分のその反応に、一瞬、首を傾げたくなる。しかし、ホワイトさんに言われた通り、早く食べないと休憩時間が終わってしまう。俺は生姜焼きへと意識を向けた。  一心不乱、とはこの状況のことを言うんだろう。思いのほか俺好みの味に、夢中になって食べていると。 「ウエハラくん?」 「……ん?は、はい?」  ホワイトさんは、すでに空になったお茶碗をトレーに置きながら、俺の名前を呼んだ。俺、名前を教えたっけ?と思いつつ、返事をする。箸に挟まれた最後の一枚の生姜焼きからタレが、ぽつぽつと落ちていく。 「フフッ、呼んだだけ」 「は、はぁ……」  ポカーンとしながら見ていると、ホワイトさんはトレーを手に「お先に」と離れていった。俺もそんなに食べるのは遅くないつもりだったが、俺より後から来たホワイトさんに追い抜かれていた。 「おい、上原くん」  去っていくホワイトさんの背中を目で追っていたら、今度は不機嫌そうな木村さんの声に、ハッとした。木村さんも食べ終えたのか、トレーの返却置き場から俺の方に歩み寄ってきた。 「あ、す、すみません。もうちょっとで食べ終わるんで」  慌てて生姜焼きを放り込み、お茶碗に残ってたご飯をかきこむ。最後に味噌汁を飲み終えたて、トレーを持って立ち上がる。木村さんは、ジッと俺を見つめていたことに、その時になって気が付いた。 「本当にすみません。お待たせしちゃって」 「……まぁ、いいけど。上原くんがすぐに来てくれないから、女たちに囲まれて参っちゃったよ」  その言い方は、まるで自慢をしているようにも聞こえる俺は、まだまだ器が小さいのだろう。顔に苦笑いを浮かべながら、もう一度「すみません」と言うと、トレーの返却置き場へと向かった。

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