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第16話 三杯目(4)
久しぶりのカフェ・ボニータ。朝のこの時間は、まだお客さんの姿はない。俺の指定席も空いているみたいだ。
「あ、いらっしゃいませ!」
注文のためにカウンターに向かおうとした俺に、すぐに挨拶をしてきたのは、前にゆで卵をくれた女の子のスタッフさんだ。
「お、おはようございます」
「おはようございます!」
彼女の顔は覚えてはいるものの、名前までは憶えていない。笑顔の彼女に、俺の方もなんとか笑顔を向ける。今の時間は彼女しかいないのか、カウンターには一人きりだ。
「えと……」
いつもならカフェオレに餡バタートーストの組み合わせなんだけど、彼女しかいないなら……俺の好きなホットミルクを頼んでもいいだろうか。
カフェオレが飲みたい気分ではあったものの、ホットミルクはタイミングが合わずに飲みっぱぐれてる。飲みたいっていう時に限って、たてこんでて忙しそうだったり、男の俺がホットミルク頼むと馬鹿にされそうな怖そうな女の子だったり。
俺はメニューに視線を落とす。でも、彼女だったら。
「じゃぁ」
俺がホットミルクへの欲求に負けて、注文しようと決意を固めて顔を上げた時。
「あ、おはようございます」
「え?」
調理スペースのある裏の方から、ホワイトさんが満面の笑みで現れた。艶々なシルバーブロンドの長い髪も、朝日に輝いているように見える。まるで後光がさしてるようだ。仏様かよ、と言いたいところだが、西洋人だけに、大天使ミカエルか、とでもいうべきか。
「お、はようございます」
俺はなんとか笑顔を浮かべて、すぐに目をメニューに戻す。
なんだ、このドキドキは。ホワイトさんの予想外の登場と、俺の決意を覆すタイミングの悪さ。そのせいで余計に緊張してしまった。下を向いた顔が、完全に強張ってる気がする。
「おはようございます、店長」
「おはよ。いいよ、私がやるから、裏、お願いできるかな」
「はいっ」
内心、えぇぇぇっ!と叫びそうになった。いや、ホワイトさん相手に、俺、ホットミルク、注文できるんだろうか。スタッフの彼女にだったら、なんとか頼める気がしてたんだけど。
その一方で、彼女に向ける優しい声に、やっぱ、大人の男って感じがして、カッコいいとか思ってしまう。俺も、こんな風にカッコよく振舞えたら、と思う。なのに、俺の方は子供みたいなホットミルクとか、恥ずかしくて声に出せない。
「いつもの、じゃないのかな」
そんなことを考えながらメニューを見ていると、急に上から聞こえてくるホワイトさんの声。いつものって、ホワイトさん、何を把握してるんですか。なぜか焦る俺。
「え、え、えっ?」
つい、顔を上げてしまうと、目の前に優しく微笑むホワイトさんの顔があった。モデルばりの整ったお顔。ちょっと、心臓止まりそう。思わず、ポカンと口を開けて見つめてしまう。
なんか、俺、変だぞ?自分のこの反応に、頭の中がグルグルしてくる。
「カフェオレに餡バタートースト、じゃないの?」
小首を傾げてニッコリ笑うホワイトさん。白いシャツの袖を捲った両腕を腰に当てながら立っている姿は、俺がやったら、『前へ倣え』の先頭みたいだろうが、ホワイトさんがやるとモデルのポーズの一つみたいだ。
「あ、は、はい、そ、それでお願い、しま……す……」
ワタワタする俺の様子に、ホワイトさんは面白そうな顔で笑っている。
「はい、では番号札一番でお待ちください」
俺は自分が情けなくて、その番号札を受け取ると、すごすごといつもの席へと向かった。
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