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第26話 閑話:ホワイトさんの甘いため息(2)
その一方、私の心の癒しである上原くんと一週間近く会えないことに、少しがっかりする。
ショッピングモールの警備員の上原くんは、夜勤明けにいつもうちの店に来てくれる。頼むのはいつも同じ。カフェオレに餡バタートースト。
彼のことに気が付いたのは、朝の時間帯によく来る男の子がいる、という立花さんの話からだった。彼女の言葉通り、ほぼ毎日、うちの店に来ては、美味しそうに食べてくれる姿に、最初の頃は単純に嬉しく思っていた。
いつも食べ終えた時の満足そうな笑顔を見続けているうちに、気が付けば私の中に少しずつ、ある想いが芽生え始めていた。
いつもいつも同じメニューで飽きないのだろうか。ちゃんとご飯を食べているのだろうか、と心配になる。彼が警備員にしては小柄なせいもある。昼間、巡回で来る警備員は、上原くんに比べるとだいぶ大きくて厳つい人が多い。それに比べると、上原くんは可愛らしくて、こんな子じゃ、万が一の時に大丈夫なのだろうか、と逆に心配になった。
そして、つい、ゆで卵をオマケしてあげてしまった私は、立花さんは「わかりますっ!なんか、あげたくなりますよねっ!」と力説されてしまう。そうなのだ。彼には何か庇護欲というか、与えたいというか、護りたいというか、そういうものを刺激するものがあるのだ。
初めてゆで卵をあげた時、申し訳なさそうな顔をしながらも、美味しいそうに食べてくれた上原くん。その姿に、本当にこの子は可愛いなぁ、とつくづく思わされたのだった。
そんな彼の可愛さに気が付くのは、立花さんのような女の子たちばかりではない。たぶん、昼間、よくみかける女性従業員に人気のあるイケメン警備員もそうに違いないし、夜勤にいる大柄な若手の警備員も怪しい。上原くんは少し鈍いのか、彼らの視線に気づいていないようで、私は彼のことが心配で仕方がない。
上原くんのことを心配しながらも、代打で向かった店舗では、かなり苛々しながら仕事をしていた。オーナーである私がいるにも関わらず、店長がいないから、という緊張感の無さや、手際の悪さ。ここの店舗は見直さなければいけない、と内心、うんざりしてしまう。
「ねぇ、上原くってばっ」
スタッフたちに注意をしている時に、若い女の子の声が聞こえてきた。『上原くん』という名前に自然と反応してしまう私。まさか、この店にいるわけがない、と思っていたのに、何の偶然か、不機嫌そうな本人が立っている。私の癒しの上原くん。このチャンスを逃すわけにはいかない。私は嬉しい気持ちを隠すことなく、彼のそばへと向かった。
声をかければ、少しはにかんだような顔で挨拶を返してくる。ああ、本当に、なんて可愛らしいんだろう。一緒の席にいた女の子が『友達』だとは言っていたものの、上原くんの表情と、一人で立ち上がってる様子を見ると、それほど近しい間柄ではないことは見受けられる。そして、彼の手にしたトレーを見ると、いつものメニューとは違ってたらしい。何を食べたのか気になるところだったが、さっさと返却口へと戻してしまっていた。
上原くんともっと話をしたかったのに、こういう時に限って、忙しくなる。もう帰ると言う上原くんに、また来週と挨拶をしてカウンターの中に戻る。上原くんはチラリと私の方を見て小さく会釈をして店を出て行った。
ああ、その時の微笑みが、私の苛立ちをどれだけ癒してくれたことか。
「はぁ……早く、戻りたいわ」
「え?何か言いました?」
不意に零れた本音に、バイトの男の子の焦ったような声。私は「なんでもないよ」と笑顔を貼り付けて答える。
ああ、彼が上原くんだったら……警備の仕事じゃなくて、うちでバイトすればいいのに。彼だったら、うちの制服も似合うだろうに。上原くんのカフェエプロンをした姿を妄想しながら、私はもう一度、大きくため息をついた。
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