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第28話 五杯目(2)
春は進路だけではなく、人生の岐路となる時期でもある、というとだいぶ大げさだけれど、仕事での異動というのが発生する時期でもある、というのを、今、目の前で痛感している。なんと、西山さんが今月いっぱいで新しく出来た他のショッピングモールに異動になったというのだ。
「もっと早くに教えてくださいよ」
「あはは、悪い、悪い」
俺が拗ねたように言っても、全然、悪く思ってなさそうに見える。
夜の勤務が始まる前、警備員全員が高田さんに呼ばれ、西山さんの異動が発表されたのだ。
「こういう勤務体系なんで、全員そろっての送別会みたいのが出来なくて、すまんな」
「いえっ!とんでもないです」
夜の勤務だし、誰かしらがシフトで入ってるから、仕方がないのはわかってるが、若干、寂しくはある。
「向こうの休みの日にでも、顔をだしに来ますんで」
「無理すんなよ」
「新規の店舗だからな、まぁ、頑張れや」
高田さんや安西さんに、肩をバンバン叩かれながら励まされてる姿に、俺がやられたら軽く死ぬな、と生暖かい目で見つめる。西山さんの体格だからこそ、耐えうるんだろうなぁ。
「西山さんの抜けた後はどうなるんですか」
大人数ではないだけに、一人抜けただけでも、大変だ。敷地面積だって、めちゃくちゃ広い。一人当たりの担当区域が広くなると思うと、ちょっと不安になるから、ついつい、声にもその思いが滲んでしまう。
「一応、バイトも募集してるから、そのうちバイトのほうが決まるだろう。それまでの間は昼に入ってる小松原と木村が、交互に入ってくれるらしい」
木村さんが夜に来るのか、と思うと、ついバッグの店の女性店員に睨まれたことを思い出してしまう。俺のせいではないけれど、木村さんが昼にいない時間が増えたら、女性店員たちが嘆きそうだなぁ、と思ってしまった。
「そういうことなんで、とりあえず西山、お前の警備範囲、上原に引き継いでおけ。一応、お前がいる間に、小松原と木村が入る予定は組んでおくが、万が一の時のためにもな」
「わかりました」
俺と西山さんは防災センターを出てショッピングモール内へと移動した。この時間帯は、まだ閉店の準備をしている従業員の人たちや、清掃のスタッフの姿がチラホラ見える。それでも、それぞれの店内の明かりも落ちているので、少しばかり物寂しい雰囲気にはなる。
「上原」
「はい?」
しばらく、黙々と後をついていたけれど、二階の止まったエスカレーターまで来た時、西山さんが足を止めた。ここはちょっとした休憩スペースになっていて、低めの背もたれのないソファがいくつか点在している。西山さんがその一つを指さして座るように促した。
俺と西山さん。別々のソファに腰を下ろす。身体のでかさが違うから、並んで座ると立っている時同様に顔を見上げる形になる。若干、男としてのプライドが傷つくんだけど、まぁ、仕方がない。
「悪いな。こんな間際になってで。俺自身も、つい最近聞いたもんでな」
本当に申し訳なさそうに言う西山さん。そんなに気にするほどのことでもないのに、と思うものの、真面目な西山さんなだけに、言えないことを気にしてたようだ。
「気にしないでくださいよ。俺、バイトだし。社員さんたちと同じ扱いってわけにもいきませんからね」
昼間のほうは知らないけど、今のところ夜の勤務にバイトは俺一人。そのせいもあってか、高田さんたちに可愛がってもらってるんだろうけど。今度のバイトが決まれば、初めての後輩ができるから、俺も頑張らないといけない。
俺の言葉に、少し西山さんは迷ったような様子だったが、すぐに真面目な顔をして俺の方を見た。
「なぁ、上原」
「はい」
「お前も、うちの社員にならないか」
唐突にそう言う西山さんに、俺は少しびっくりした。
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