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第29話 五杯目(3)

 警備会社の正社員。考えなかったわけではない。西山さんたちの会社は、けっこう大手で、あちこちのショッピングモールやビルに入ってる話だった。 「社員……ですか」  正直、悩んでいるだけに、いいタイミング、と言えなくはない。 「ああ。バイトでいるよりは給与はマシになるし、福利厚生もそろってる」 「ふくりこうせい?」  なんでも住宅補助やら資格取得の支援なんていうのもあるらしい。確かに、今のバイトの状態よりもメリットがありそうな気もする。 「そうしたら、親御さんも少しは安心なんじゃないか?」  西山さんは真面目な顔でそう言った。うん、大学辞めてフリーターだったらそうかもしれない。でも、まだ母さんは諦めてないのだ。時々、思い出したかのように、もう大学に行ったら?とか聞いてくる。 「……だといいんですけどね」  苦笑いしながら、俺は腕時計を見た。そろそろ他を回らないと、高田さんから無線連絡が入るかもしれない。 「そろそろ移動しないと」 「あ、ああ、そうだな」  少し名残惜しそうな顔をした西山さんだったけど、俺の言葉に素直に頷く。 「じゃあ、俺、あっち回ってきます」 「わかった……社員の件、少しは考えておけよ」 「……はい」  俺たちはそこで二手に分かれた。  フロアの中の各店舗の電気はもう落ちている。時々、清掃スタッフの掃除機をかけている音が微かに聞こえてくる。俺は人気のないフロアを一人で回りながら、ぼんやりと考えていた。確かに、このまま中途半端にバイトを続けてるわけにもいかない。大学中退して、このタイミングじゃ、新卒での採用とかってあるんだろうか。  ぐるぐると考えながら歩いていると、いつの間にかカフェ・ボニータのところまで来ていた。 「あれ?」  本来なら、この時間は電気も落ちていて誰もいないはず。それなのに、返却口のところにある厨房スペースの小さな窓から明かりが漏れている。電気の消し忘れかな、と思った俺は店内に入っていく。人のいない店の中というのは、余計に寂しい雰囲気を醸し出すものなんだなぁ、と思いつつ、窓のほうへと周り込む。窓から覗き込むけれど、人影が見当たらない。  コンコン  念のため、窓ガラスをノックするけれど、反応がない。やっぱり単なる消し忘れか。俺はため息をつくと、カウンターの中に入って厨房スペースのドアを開けようとした。 「あ、すみませんっ」 「っ!?」  ドアノブに手をかけて開けようとした時、背後から急に声をかけられた。誰もいないと思っていただけに、驚いた俺は思わず声をあげそうになる。慌てて振り返ってみると、そこにいたのは俺同様に、驚いた顔のホワイトさんだった。

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