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第30話 五杯目(4)
予想外の登場に、俺もホワイトさんもすぐに声が出なかった。すでに私服に着替えていたようで、今日もモデルさんみたいにカッコいい。
カフェはもう閉まっているようだし、会計室にお金を預けにでも行ってたのかもしれない。
「あ、えと、もう退館の時間過ぎてるんですが」
先に声が出たのは俺の方。時々、時間が過ぎてまで閉店処理をしている人がいるので、いつも通りに注意の言葉がすんなり出てきた。
「ああ、そうだったね」
ホワイトさんはハッとした顔を見せたけれど、すぐに申し訳なさそうな顔になった。このショッピングモールに入ってる専門店の従業員は、レストラン街以外は二十二時までに退館しないといけない。それを過ぎると、始末書を書くことになるのだ。
「急いだほうがいいですよ」
時計を見ると、すでに二十二時を十分ほど過ぎている。俺がそう声をかけると、ホワイトさんは苦笑いしながら厨房スペースの方へと入っていく。すぐに電気は落ちて、今度はスタッフ専用のドアの中へと入っていく。俺はホワイトさんが出てくるまで待っていた。この時間になったら、ちゃんと出るところまでを確認しないといけないからだ。
「ごめんね……始末書って防災センターだっけ?」
「そうですね。帰るときに渡されるので、明日にでも本部のほうに出してもらうことになると思います」
ハーフコートを羽織り、黒い小さめなリュックみたいなのを肩にかけて、颯爽と現れるホワイトさん。くー!本当にカッコいいな。俺みたいにチビだと、こうはいかない。悔しいと思う半面、羨ましいとも思う。
俺はホワイトさんと一緒に従業員専用の出入り口の方へと、少しばかり小走りで向かっていく。コンパスの長さの違いを痛感する。
「上原くんの巡回は終わったの?」
ホワイトさんが、隣を歩く俺に心配そうに声をかけてきた。
「いえ、また戻ります。一応、館内から出る所まで確認させてもらうんで」
「そうなんだ……」
一瞬、嬉しそうに見えたけれど、すぐに何かを考え込んだような顔に変わる。何か困ったことでも起きているんだろうか。お店のことだったりすると、俺じゃ、なんの役にも立てないだろうけど。
出入り口が見えるところまで来た時、ホワイトさんが急に立ち止まる。
「あの、上原くん」
少しばかり不安そうな声のホワイトさん。
「はい?」
出入り口のドアを開けた俺は、振り向きながら首を傾げる。
「……就職とか、本気で考えてるのかい?」
「……え?」
ホワイトさんの言葉に、しばらく思考が停止する。
「あ、ああ。もしかして、さっき西山さんと話してたの聞いてました?」
考えてみれば、話をしてた場所は、会計室から戻る途中にあった。俺は気が付かなかったけど、通り過ぎる前にでも、俺たちのことに気付いたのだろうか。だったら、声をかけてくれてもよかったのに。
「うん……ちょっとね」
曖昧に応えるホワイトさん。いつもと雰囲気が違うのを見ると、少しばかり心配になる。
「んー、このまま就職とかは、まだ正直、決めかねるというか……」
そうなのだ。警備のバイトは嫌いじゃない。でも、それを正社員の仕事にするとなると微妙なのだ。
そんな俺の答えに、ホワイトさんはなぜかホッとしたような顔をした。
「そうか。そうだよね。大学のこともあるものね」
「まぁ、早いところ、決めなきゃ、とは思ってるんですけどね」
どうぞ、と俺が声をかけるとホワイトさんはニコッと笑って入っていく。
「じゃ、気を付けて帰ってくださいね!」
「ああ。上原くんも頑張って」
片手をあげて帰っていくホワイトさんを見送ると、俺は再び、巡回するべくフロアの方へと向かったのだった。
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