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第31話 五杯目(5)

 そして、まさか、まさかの。 「えぇ?ホワイトさんも異動なんですか」  女性スタッフの立花さんからホワイトさんの話を聞きながら、俺はトレーに載ったいつものカフェオレを受け取った。餡バタートーストも当然頼んだけど。 「私も別の店舗に異動なんですけど」  立花さんが、番号札を渡しながら、なんだか拗ねたように言う。 「えっ、立花さんもですか」 「そうなのっ、店長として異動なのよぉ。もう、今から不安で、不安で」  そう言いながらもなんだかニヤニヤしてる立花さん。そのまま話を続けそうだったので、俺は「頑張ってくださいね」などと言って話を切り上げて、いつもの席のほうへと向かった。今日はホワイトさんの姿は見当たらない。 「ホワイトさん、いなくなっちゃうのかぁ……」  席についたと同時にポツリと出てきた言葉。思いのほか、寂し気な声に、自分でも少し驚いた。  この店に来ては、ちょこちょこと話をしただけだけど、なんとなく、ホワイトさんと話をしてるとホッとするというか、安心するというか。時々、見せてくれる笑顔とか、やっぱりカッコいいな、とか思ったり。  どこに異動になるんだろう。さっき、立花さんに聞けばよかったな、と思いつつ、カフェオレの入ったマグカップを口元へと運ぶ。 「番号札、十四番でお待ちのお客様~」  立花さんの声に、俺は慌てて立ち上がり、餡バタートーストの皿を受け取る。当たり前だけど、今日はゆで卵はない。皿に存在しないという様が、ホワイトさんがいないことと繋がっているように感じて、余計に寂しさを感じてしまった。  いつも美味しく感じる餡バタートースト。それなのに、今日はもそもそとして、いまひとつ。さっさと食べてしまえ、と、残りを口の中に押し込み、カフェオレで飲み下す。  さっさと家に帰って寝てしまうのが一番かもしれない。うだうだするような気分を引きずりながら、俺は食べ終えたトレーを手にして立ち上がる。  「あ、お疲れ様です」  立花さんの明るい声に、自然と視線が向かう。その先にいたのは、グレーのスーツ姿のホワイトさんと、カフェの制服である白いシャツに黒のズボンをはいた女性。ホワイトさんはいつも通りの輝くような笑顔で、立花さんにその女性を紹介している。年齢的には立花さんよりも年上のように見えるけど、なんだかキラキラしてて眩しい気がする。新しいスタッフさんなのだろうか。でも立花さんのほうが、なんだか恐縮しているようにも見える。  いつもと違う感じに戸惑う俺は、ホワイトさんに声をかける勇気がでなかった。だって、グレーのスーツ姿だなんて、どこの一流企業にお勤めですか、って感じなんだもの。あのシルバーブロンドの長い髪のせいで、ブランド物のスーツのモデルにも見えるけど。  そそくさと返却口へとトレーを戻すと、ホワイトさんに見つからないようにカウンターからこっそり離れる。チラリと目を向けると、二人がカウンターの中へと消えていくのが見えた。  ホワイトさんが異動になることを俺に直接話してくれなかったことを、寂しいと思うと同時に悔しいと感じる俺がいた。なんで『悔しい』のか、よくわからないけど。たかだか、朝のちょっとした時間に話をするだけの相手だったのだ。そう思えば、仕方がないとも思える。  なんだか胸の中がモヤモヤする。自分でもよくわからないこの状況に、眉間に皺をよせながらエスカレーターに乗る。思わず、小さくため息をついてしまった。

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