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第32話 六杯目(1)

 ここ一週間、母さんの様子がおかしい。  いつもなら俺がバイトに行く時間には仕事から帰ってきいて、一緒に夕飯も食べ終えていたのに、今は俺と入れ違いになっている。年度末だから残業が増えているのかな、とも思ったけれど、それにしては疲れている様子もない。むしろ、調子が良さそうにすら見える。というか、仕事帰りだというのに、化粧濃くなっているような気がするんだけど。  今日も母さんはまだ帰っていない。俺は学校から帰ってきた征史郎と二人で先に夕飯を食っている。 「ねぇ、兄貴」  征史郎がハンバーグをつつきながら、俺に目を向ける。バスケ部に入ってるだけあって、百八十超えの身長の征史郎は、食べる量もかなり多い。飯の量からして、俺は飯茶碗一杯なのに、征史郎はどんぶり飯山盛りだ。それに今日は温めるだけのレトルトのハンバーグに生野菜に、ポテトサラダに漬け物。俺は一個で十分だが、征史郎には二個のっている。 「ん?」  ハンバーグを咀嚼しながら、返事をする。バイト帰りに寄るスーパーで三十円引きしてたのを買ったけど、けっこう旨い。 「母さん、付き合ってる人でもできたのかな」 「んっ!?」  いきなりの『付き合ってる人』発言で、食べてる途中のハンバーグを吹き出しそうになる。 「だってさ、帰りが遅いし、化粧濃いし」  俺でも気づくのだ。征史郎だって気が付くか。 「……たかだか、ここ一週間のことだろ。仕事じゃねえの」  例え、そういう存在ができたとしても母さん本人から何も言ってこないし、いい年した俺たちが、どうこう言うわけにもいかない。母さんだっていい大人なんだ。  確かに、父さんが死んでから一年は経った。俺や征史郎は、まだ、と感じても、母さんは、もう一年、と感じるのかもしれない。  俺はずるずると味噌汁を吸う。 「そうかなぁ」  いつもなら、ガツガツ食べるのに、ちまちまとハンバーグを口に運ぶ征史郎。高校三年にしては大人びた風貌の征史郎だが、それに似合わない、なんとも、寂しそうな顔をしている。俺は苦笑いしながら、夕飯をかきこんだ。さっさとバイトに出かけないと。なぜなら、今日で西山さんが最後の勤務になるからだ。 「ごちそうさん」  俺は食べ終わった食器を重ねると、流しの方へと持っていく。 「兄貴、あとは俺がやっとく。もう、バイトの時間だろ」  同じように食べ終わった征史郎が、食器を重ねながらそう言った。父さんが生きていた頃は、母さんの手伝いもろくにしなかったのに、今では、自分から声をかけるようになった。ちょっとは大人になったということか。それを言ったら、俺もそうなんだけど。 「ああ、悪いな。後はよろしく」 「いってらっしゃい」  俺は征史郎の言葉を背に、リビングに向かうと薄手のジャンバーと小さな斜め掛けのバッグを手にとり、玄関へと向かった。

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