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第34話 六杯目(3)

 フロアに入り、俺たちはしばらく無言で歩いた後、すぐに二手に分かれた。  閉店作業をしている人や、掃除機をかけてる人。すでにネットが張られて電気も落ちている店もある。俺はいつも通りに巡回しながらも、頭の中でこれからのことを考えているうちに、いつの間にか、カフェ・ボニータのところまで来てしまっていた。  あのスーツを着ていたホワイトさんを見かけた日からタイミングが合わなくて、なかなか顔を合わせることがなかった。今は立花さんも見かけなくなって、俺が親しく話をするようなスタッフさんはいなくなった。もう新しいお店のほうに異動になったんだろうか。  そういえば、この前ホワイトさんが連れてきていた女性のスタッフの人の姿を、カウンターの中で見かけるようになった。俺自身が話をする機会は今のところはないけど、接客態度とかを見ると、慣れている人っぽく見えたのを思い出す。彼女がホワイトさんの後任ということなんだろうか。 「さすがに、今日はいないかな」  ポツリと呟く俺。  さすがに、スタッフの人たちも、もう退館してるのだろう。カフェの中は、すでに電気は落ちていた。そう頻繁に始末書を書くような時間まで残ってたら、本部から指導の連絡が入ってしまうだろう。それでも、ホワイトさんに会えなかったことが、少しばかり、寂しいなぁ、と思ってしまう。どこかで、会えないかな、と淡く期待してた自分に苦笑いを浮かべる。  本当は、これから先のことについて、色々と話を聞いてくれていたホワイトさんにも、もう一度話をしたかった。ああしろ、こうしろ、と言わずに、穏やかな笑顔を浮かべながら、俺の話を聞いてくれていたホワイトさん。俺は、話を聞いてもらえただけで、すごく嬉しかった。  結局、最後に決断をするのは俺自身。それはわかっていても、誰かに背中を押してほしかった。俺の選択を肯定して欲しいと思った。  カフェ・ボニータから離れ、薄暗くなったフロアをあちこちチェックしながら歩いていく。空調が切れたせいで、警備員の制服を着ていても肌寒く感じる。もうすぐ桜も咲くという時期にも関わらず。 「早いところ防災センターに戻ろう」  俺はブルッと身震いをすると、従業員出入り口のほうへと足早に向かう。  そして、ホワイトさん同様、今日も話ができなかった母さんのことも思い出す。ホワイトさんと違って、最悪、母さんには携帯で連絡できる。直接話をしたかったけれど、とりあえず、母さんに連絡とるだけどろう、と思いながら、出入口のドアを開けた。

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