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第42話 七杯目(5)

 終始無言だった車の中の空気は、なんともいえない雰囲気だった。いつも笑顔を浮かべている印象だったホワイトさんが、まるで別人のようになんだか顔を強張らせてる。俺は、そんなホワイトさんが少しばかり怖かった。  車は大きなタワーマンションの地下駐車場へと入っていく。俺の家から、だいたい三十分くらいかかっただろうか。街灯の明かりで照らされる街並みはかなり洗練された感じがした。  駐車場に着いてエンジンを止めると、ハンドルを握ったまま、ホワイトさんは大きくため息をついた。すぐには動き出さない様子に、俺の方もどうしたらいいのかわからなくて、オドオドしてしまう。 「降りてください」  俺の方に目も向けず、それだけ言うと、ホワイトさんは車のキーを抜いて先に出ていく。俺は一瞬迷ったけど、降りるしか選択肢がないのはわかってたから、素直に降りた。駐車場の奥のエレベーターへとまっすぐ歩いていくホワイトさんの後を追いかける。  エレベーターはすぐに来た。ドアが開くと、ホワイトさんは僕を先に中に入るようにと背中を押した。ホワイトさんが目的のフロアのボタンを押すと、すぐにドアは閉まった。音もなく、ふーっと昇っていく感覚だけを感じる。どこまで昇るのだろうと考えた頃、チン、という音と共にドアが開いた。  明るい廊下にはドアが四つほどしか見えなくて、こんなに大きなマンションなのに、ワンフロアの部屋数の少なさに驚いてしまう。ここはホワイトさんが住んでるマンションなんだろうけれど、ホワイトさんって、そんなにセレブな人だったの?と、今になっては変な緊張感しか感じない。俺の頭の中はぐるぐるしてる。何が誤解だというのだろう、ということと、ホワイトさんがすごく怒ってるってことと、こんなお金持ちなの?ってことと。  気がついたらホワイトさんは玄関のドアを開けて、僕を待っていた。 「ちょっと散らかってるけど入ってください」  まだ怒ってる?と思いながら見上げると、ホワイトさんの顔は、どこか哀れむような、情けなさそうな様子で俺を見つめてた。呆れられてる?そう思っただけで、胸の奥がツキンと痛む。  このまま、入っていいのだろうか。そんな迷いが顔に出てしまったのか、歩みを止めそうになった俺の腕を、ホワイトさんが掴んで半ば強引に引っ張られてしまった。 「い、痛いですっ」  どんだけ逃がしたくないんだ、と思うくらいに力強く握られて、余計にビビってしまう。そんなに怖がりでもないし、高校時代なんかは、どっちかといえば短気で喧嘩っぱやかった俺だけど、なぜだかホワイトさんには及び腰になってしまう……惚れた弱みとでもいうのだろうか。 「ああ、ごめん」  ホワイトさんはすぐに手を離すと、先に部屋の中へと入っていく。俺は掴まれた腕をさすりながら、後をゆっくりついていく。広いリビングは、モノトーンでまとめられた大人っぽくてスッキリした部屋。散らかってる、って言ってたけど、俺からしたら全然綺麗じゃん。 「上原くん、そこのソファにでも座ってて」  黒の革っぽい大きなソファを指さしてそう言うと、ジャケットを颯爽と脱いでキッチンの方へと向かっていく。そんな姿を見つめながら、やっぱり大人でかっこいいなって、思ってしまった。

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