45 / 57
第45話 七杯目(8)
長い指が組まれる様子に、無意識にゴクリと喉を鳴らしてしまう。まるで、さぁ、私の質問に答えなさい、って、言われているみたいに。
「さっきの上原くんの言葉なんだけどね……私と亜紀子さん、二人の人生とか、なんとか言ってたけど……私の聞き間違いかな」
いや、聞き間違いではない。そのつもりで言った。だから、俺は顔を小さく横に振る。だって、そう言う話だろ。無意識に口を尖らせていたらしい。不意にホワイトさんの指が俺の尖らせた唇を抓んだ。
「んー!?」
「それは私と亜紀子さんが結婚でもする、とでも言ってるように聞こえるんですが」
「んー!」
不機嫌そうなホワイトさんに、俺だって睨み返す。だから、そう言う話だろってのっ。
「……はぁ。どうやったら、そんな話になるんです」
抓まれた唇が離されて、呆れた顔で俺を見るホワイトさん。それが、俺には馬鹿にしてる風に見えてしまった。そう、まさにカチンときた。
「だって……母さんが嬉しそうな顔でホワイトさんの話を受けるって……そしたら、俺も大学に行けるって……顔を真っ赤にしてそう言ったんだっ」
最初のうちは抑えられてたはずなのに、徐々に言葉を口にしていくうちに、最後には感情のストッパーは振り切れた。母さんのこと、『母』って言う余裕もない。俺はマグを抱えたまま立ち上がると、ただひたすら、床を見つめながら言葉を吐き出していく。
「それに、ホワイトさんだって、母さんを下の名前で呼んでるしっ。母さんだって、あんなに、あんなに父さんのこと好きだったのにっ、ホ、ホワイトさんのこと、嬉しそうに話しててっ。お、俺の方が先にホワイトさんと出会ってるのにっ」
くそっ、自分でも情けない。言い続けていくうちに、目に涙まで浮かんできた。これじゃ、ただのガキじゃないか。
「だけど、母さんが幸せになるならって……そう、思って諦めようとしたのにっ、ホワイトさんが話しかけてくるからっ」
勢いで「辛くて逃げ出したくなったんだ」という言葉が出そうになった。そうなる前に、マグカップを握りしめてた俺の両手の上に、ホワイトさんの大きな手が重なった。いつの間に俺の傍に来ていたんだ?
「……え?」
マグカップは簡単に取り上げられると、テーブルに置かれた。俺が呆然としている中、いきなりホワイトさんが俺を抱きしめてきた。
「ぐぅっ!?」
俺の呻き声で察してほしい。まさに、ギュウッという音がしそうな勢い。
「お、おわいどさんっ」
あまりに強く抱きしめられて、苦しくて声が潰れるっ。だけど、そんなことにも気づいていないのか、ただひたすらに抱きしめてくる。く、苦しいよぉっ!タップしたくても、肝心の俺の手は完全にホワイトさんと俺の間に挟まれて動かせないっ。
「ああっ、ごめんよっ」
なんとか胸の辺りを叩いた(全然、叩けてないけど)のに気が付いたのか、慌てて力を緩めてくれた。思わず、ぜーはー、と息を吐く。
俺がなんとか息を整えようとしていると。
「……上原くん……君の言葉は、まるで亜紀子さんに対して嫉妬してるみたいに聞こえるんだけれど……」
その言葉に、俺のほうが驚いた。いや、確かに、母さんに対する嫉妬じみた気持ちがなかったわけではない。それは認める。だけど、それを指摘するホワイトさんの声が……とても嬉しそうに聞こえるのは、俺の耳がおかしくなったんだろうか?
ともだちにシェアしよう!