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第46話 七杯目(9)

 俺はそうっとホワイトさんの顔を見上げる。そこには、なんとも甘い顔で見つめるホワイトさんの顔がある。な、なんだ。この激変ぶりはっ!? 唖然としてしまう俺。 「上原くんは、亜紀子さんの肝心な話を聞いていないようだね」  そして大きな手が優しく零れてしまった俺の涙を拭っていく。 「そんなに泣くほど、悩んだのかい」  ちょっとだけ鼻水が出そうで、ずずっと啜ってしまうのは許してほしい。そんな俺の頭を抱きかかえるように、もう一度ホワイトさんが抱きしめた。今度は、だいぶ優しく。くっ、ホワイトさんのいい匂いに、気が削がれてしまうっ。 「このまま、聞いてね」  俺の背中をポンポンと軽く叩きながら、心地よいホワイトさんの声が続いていく。 「あのね。私と亜紀子さんが話し合ったのは、上原くんの大学のことについてだよ」  ……大学? ああ、そういえば就職の話をした時に、休学している話もした気がする。ホワイトさんの肩の上に額をのせたまま、ぼうっとしながら話を聞く。 「前に、君が通ってた大学のそばのカフェで会ったのを覚えているかい? あそこで君の友達にも会ったよね。あのカフェにいる間、彼女と何度か話をする機会があってね……そこで、少し話を聞いていたんだ」  ああ、あの子のことか、と顔が頭には浮かぶけれど、俺のことよりも自分のことを話している姿しか思い浮かばない。ていうか、絶対、ホワイトさん、アプローチされてるに決まってる。 「上原くん、優秀だったらしいじゃないか。彼女、君が休学してる理由までは知らなかったみたいだけどね。そこで、たまたま、君の学部、法学部だったっけ? そこの教授にも出会うことが出来てね」  教授も俺のことを覚えていて、いつ、戻ってくるのか、気にしているようだったという。俺自身、そんな目立っていたつもりはなく、まさか教授に覚えられていたとは、想像もしていなかった。 「だけど、上原くんは、就職の話を真面目に考えているようだし……でも、私としては将来有望な青年が、アルバイトの警備員から、そのままその仕事についてしまうのは、勿体ない気がしたんだ。だから、何か、私で出来ないかと考えてね」  ようやく涙も落ち着いた俺を、ホワイトさんは肩を抱きながら、再びソファへと促す。 「それで、さっそく、君のお母さんの亜紀子さんとコンタクトをとってみたんだ。とても優しい、頑張り屋さんのお母さんだね。一生懸命、二人の息子のために働いている。仕事ぶりも、会社での評価もいい。私が不躾に会社のほうへ急に伺った時でも、笑顔で対応してくださったよ」  母さんはそういう人だ。その様子が目に浮かんで、フッと笑みを浮かべる。 「そこで、亜紀子さんと何度か話をさせてもらったんだよ。ただ、お互い忙しいから、会う時間も夜くらいしかないし、あまり時間もないし、なかなか落ち着いて話せなくてね。だから、何回も会うことになったんだ。お陰で、『亜紀子さん』と下の名前で呼ぶくらいには親しくなったよ」  ここ一週間、母さんの帰りが遅かったのは、そういうことだったのか、と、ようやく納得した。しかし、その短期間で名前呼びとか、母さん、ちょっと油断しすぎ。  ……ホワイトさんはその気がなくても、母さんの気持ちはわからないんじゃないかって、ちょっと思った。

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