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第52話 八杯目(1)

 さすがに夏の暑さも落ち着いてきた九月の終わり。俺は、大学のそばにあるカフェ・ボニータにいた。 「いらっしゃいませ」  カウンターの中から声を出してるの、はい、俺です。 「本日のコーヒーですね。少し、お待ちください」  まさかの、俺が、カフェの店員、やってます。  なんとか笑顔を貼り付けて、店に入って来たお客様に愛想を振りまいてる。自分でも、まだ、全然慣れてません。白いシャツに黒の細身のパンツに、黒の短めのカフェエプロン。ルーカスさんだったら、超カッコいいんだけど、お、俺だと、馬子にも衣裳的なものにしか見えない。  ルーカスさんと、ほにゃららした日。結局、最後までしなかったものの、そのままお泊りになって、朝、冷静になったところで、もう一度、ルーカスさんから説明を受けた。暫く考えさせてほしい、と言ったけれど、やっぱり、大学に戻れるのなら、っていう思いは消せなかった。警備員のバイト、嫌いじゃなかったけど。  家に帰って、ちゃんと母さんとも話をした。俺がどんな勘違いをしてたのかは、気が付かなかったみたいだけど、俺が大学に復学出来ることのほうが嬉しいみたいで、終始ご機嫌だった。征史郎も、自分の進学のこととかもあったせいか、俺が自分のせいで大学を諦めるんじゃないかって、不安だったらしく、かなりホッとしたようだった。 「ありがとうございました」  残念ながら、四月のタイミングでは復学は間に合わなかった。まぁ、新学期目前での話だったし、無理からぬことではあったんだけど。十月からの復学に合わせるように、早めに警備員のバイトを辞めることになった。高田さんたちは、残念がりながらも、俺の復学を喜んでくれた。  そして、カフェ・ボニータのバイトを始めたんだけれど。 「いらっしゃいま……あ、お、お疲れ様です」  店のドアを開けて入って来たのは、ダークスーツ姿のルーカスさん。シルバーブロンドの長い髪を一つにまとめて、颯爽と現れる姿に、店内の女性たちの視線は釘付けになる。その様子に、俺はついつい苦笑い。まぁ、その気持ちもわかる。 「お疲れ様」  満面の笑みを浮かべて、カウンターの中にいる俺の目の前に立つ姿は、モデルかよっ!と、突っ込みたくなる。ルーカスさんの甘々な視線にさらされてる俺は、見つめ返せなくて、カウンターの上のメニューに目を落とす。耳、熱い。 「今日は、早くにあがるんだよね」 「……ええ」 「じゃあ、夕飯、家で一緒に食べよう」  ……ええ。今、俺、ルーカスさんのお世話になってます。

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