14 / 30
番外編 ワンライお題『糸』
「へえ……心理テストってあんまり興味なかったけど、結構当たってるね」
テレビの画面を見詰めながら、本郷が感心の声を上げた。
普段、本郷も悠もあまりテレビは見ないのだが、ニュースに続いて始まったバラエティ番組で心理テストが紹介されていて、何となく二人で見入ってしまっていた。
内容は、芥川龍之介の作品『蜘蛛の糸』に関するもの。
複数の質問に答えていき、実際に『蜘蛛の糸』が垂らされたような状況下でどう行動するかがわかる、というものだった。
本郷に促されるまま答えを選んだ悠は、『積極性に欠け、周りに流されやすいタイプ』だった。
その結果は、本郷から見ても納得出来る内容だったらしい。
「他の誰かが登ってきても、悠は『やめろ』って言えないタイプでしょ」
「自分の為だけに垂らされてるわけじゃねぇんなら、そもそも言う権利ねぇだろ」
「そういうとこがお人好しというか、甘え下手なんだよね、悠は」
呆れたような言葉の割に、それを口にする本郷の声音はどこか嬉しそうだ。
心理テストの結果を真に受けるわけじゃないが、自分でもあながち外れてはいない気がする。
幼い頃から、悠にはずっと一本の細い糸しかなかった。
自分を受け入れてくれた施設と、その施設長が与えてくれた『御影悠』という名前。
そこに縋ってただひたすら登り続けるしかなくて、ようやく本郷という男の姿が見えたところで、無情にもその糸はプツリと切れた。
落ちた先は、冷たくて暗い闇の中。右も左もわからず、それこそ時の流れに身を任せるまま、迷子のように彷徨い続けた。
糸が切れる直前に、自分から手を伸ばしていたら、何かが変わっていたかも知れないのに───。
黙り込んだ悠の肩を、隣に座る本郷が不意に抱き寄せてきた。
「また何か、一人で考えてる」
「……別に大したことじゃねぇよ」
「悠、嘘吐くときはいつも眉間に皺寄るんだよね。前髪あんまり切りたがらないのって、その為?」
咄嗟に前髪の上から眉間を押さえて、そこで本郷の言葉に乗せられたことに気付く。
子供の頃から涙を見せるのが嫌で、何となく前髪で目許を隠すようになっていたのだが、自分にそんな癖があるなんて自覚がなかった。
ずっと本音を隠して生きてきたのに、本郷は悠のことを何でも見通してしまう。
「……そういうお前は、さっきの結果どうだったんだよ」
「心理テスト? 俺はやってないよ」
「は?」
けろりとした顔で答える本郷に、今度は意図的に眉根を寄せる。
「お前、俺にはやれっつっただろ」
「悠がどう答えるのか、興味あったから」
「聞くのは自分だけかよ」
「あ、俺の結果も気にしてくれるんだ?」
すぐ傍で嬉しそうに目を細められて、またしても上手く流されてしまったことを知る。流されやすいという結果に納得されても仕方ない。
悔しくて少し顔を背けた悠のこめかみに、コツ、と本郷の頭が優しく触れた。
「そもそも俺は、垂らされた糸になんて興味ないよ。それよりも、自分で選んだ糸を手繰り寄せたい」
長い指が、悠の手をそっと握り込む。
「もう絶対切れたりしないから、大丈夫だよ」
本郷の声と腕が、悠の身体をしっかりと絡め取る。どんなに意地を張ってもがいても、決して解けも切れもしない、強い糸。
切れたと思い込んでいた糸の端を、本郷はずっと、その手で掴んでくれていた。
消極的な自分の分まで、この先も糸を引き続けて欲しい。流されるのは、目の前の男だけでありたいから。
「……切れたんじゃなくて、弱かった俺が切ったのかもな」
「え?」
「何でもない」
いつものように誤魔化して、悠は今度こそ、本郷の背中に精一杯腕を伸ばした。
ともだちにシェアしよう!