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番外編 ワンライお題『こたつ』

「俺、炬燵って掘り炬燵しか経験ないんだよね」  リビングのラグを新調する為に訪れた、郊外のインテリアショップ。  顔バレしないようにサングラスを掛けた本郷が、ふとフロアを眺めて呟いた。  視線を辿ると、その先には色とりどりの炬燵布団が、すぐにでも寛げそうな状態で机ごと陳列されている。  最近はかなりモダンで洒落たデザインのものも多く売られているが、それにしても本郷が炬燵に入っている姿は、悠にもあまりピンと来ない。  本郷が言う「掘り炬燵」も、きっと高級な宿や料亭のものなんじゃないかと想像する。  一般庶民が思い浮かべがちな、ミカンの入ったカゴが置かれた炬燵とは、物凄く縁遠いように思えた。 「まあ、お前はそもそも炬燵って柄じゃねぇだろ」 「実家には和室も無かったから、昔から畳に触れる機会の方が少なかったしね」 「最近は、フローリングでも炬燵は普通になってるけどな。……っつっても、俺も入ったことねぇけど」  本郷よりはよっぽど似合う自信はあるが、悠も生まれてこの方、炬燵の温もりを味わったことはない。  育った施設には炬燵なんてなかったし、一人で暮らしていたときもそんなものを買う余裕は無かったからだ。  そんな悠の境遇を知っている本郷は、少しの沈黙の後、不意に悠の手首を掴んだ。 「な……おい、ほんご───…っ!」  思わずその名を呼び掛けて、慌てて口を噤む。サングラスをしていても、α特有の存在感と誤魔化しきれないオーラを放っているのに、これじゃあ周りの目を惹くばかりだ。  なのに、ハラハラする悠のことなどお構いなしに本郷はそのまま悠の手を引いてフロアを進み、ダイニング用のハイタイプの炬燵の前までやってきた。 「床に座らないタイプもあるんだね」  物珍しげに言いながら、本郷はやっと悠の手を離して、展示された椅子に腰を下ろす。 「悠、ちょっとそっち座って?」  視線で向かい側の席を示されて、悠は渋々腰を下ろした。これ以上注目を集めるのは御免なので、いっそ炬燵布団の中に潜り込んでしまいたい。 「どう? 初めての炬燵」  ご機嫌な様子で、対面の本郷が緩く首を傾ける。  どうと聞かれても、展示品なのでヒーターは点いていないし、強いて言うなら足元を覆う布団の分は温かい、というくらいだ。 「展示品じゃ、イマイチわかんねぇよ」 「そう? 俺は、これちょっと欲しいけどな」  テーブルに片肘を突いて、本郷が少し悪戯っぽく微笑む。  大の男が二人して炬燵で向かい合っているだけでも目立つというのに、気づかれているのか何なのか、さっきから周りの客からの視線が痛い。  いくら番っているとはいえ、本郷ほど目立つαとΩの自分が一緒に居るだけでも、悠にとっては居た堪れないというのに。  取り敢えず早くこの場を去ろうと、立ち上がりかけた悠の足が、不意に炬燵布団の中で長い足に絡め取られた。 「……っ」  まんまと阻まれ、「何してんだよ」と視線で抗議する。それにすら唇を綻ばせて、本郷がテーブル越しに身を乗り出した。 「こういうの、秘め事みたいで楽しくない?」  悠の耳許で囁きながら、炬燵の中で脚を擦り寄せられて、カッと頬が熱くなる。炬燵布団に覆われているので周囲からは見えていないとわかっていても、心臓の音が一際煩くなった。  二人揃って出掛けるときはどうしても周りの目が気になってしまう悠と違って、本郷はいつでも堂々としている。隠れたがる悠の手を引いて、どこか誇らしそうな顔をしてみせる。悠がパートナーであることを、誇示するみたいに。  そんな本郷を見るたびに、幸福感で息が止まりそうなほど、胸が締め付けられて苦しくなる。  目の前の端整な顔に見惚れたまま、うっかり二人の世界に浸ってしまいそうになって、悠はハッと我に返った。 「やっぱお前には炬燵なんか無くていい!」  顔の火照りを誤魔化すように早口で返して、どうにか炬燵から脱出する。「ええー」と子供みたいに拗ねた声を上げる本郷には、気づかないフリをした。  本郷だけじゃなく、悠にもこの先、炬燵なんか必要ない。  こんなものに家で二人で入っていたら、それこそ頭の芯までのぼせてしまいそうだ。  炬燵が無くても、本郷の隣に居る限り、寒さなんてものとはきっと無縁に違いない。

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