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番外編 -ゼロー

※Twitterのワンライお題『ゴミ箱』をテーマに書いた番外編です。  ここから本編の冒頭に繋がる話ですが、  内容は短いものの重めですのでご注意ください。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  毎日毎日、何かを捨てる。  最初に捨てたのはいつだったか、何だったか。  尊い命だったかも知れないし、忘れられない相手だったかも知れない。  初めて撮影に臨んだとき。  不安と恐怖と嫌悪に耐える自分を無遠慮に犯す相手と、『作品』として注がれる周囲の視線。それらに囲まれて、機械的に声を上げる自分が妙に滑稽に思えた。  薄い氷のようだった足元が、少しずつ崩れていく。  育った施設も、親代わりの優しい笑顔も、次々に手のひらから零れ落ちて遠ざかる。  これまで自分がどうやって歩いていたのかも、よくわからない。  仕事のたびに、自分を捨てた。  抱かれる数だけ、思い出を捨てた。  迷いも、躊躇いも、羞恥もプライドも。  捨てて、捨てて。  撮影を終えるたび、身に着けていたものは全てゴミ箱に放り込んで、気づけばもう、捨てるものも無くなっていた。  そもそも悠は、生まれたときから何も持っていない。  親の顔も、誕生日も、名前すらも知らない。  少し長い夢を見ていただけで、元通りに戻っただけだ。  オメガに生まれた男の人生なんて、所詮はこんなもの。アルファと番って、その子供を身籠もるなんて、そんな夢を叶えられるオメガが、この世に一体どのくらい存在するというのか。  汚れていく自分を鼻で嗤って、悠はまた『ゴミ』になる。  誰かの欲を、ほんの一時満たす為だけの消耗品。  ゴミ箱みたいな息苦しいこの世界が、悠の居場所だ。  そう言い聞かせて、眩しい光から目を背ける。  たった一つ。  何もかも捨て去るつもりだったのに、唯一手放せなかったもの。  悠が触れれば、一瞬で黒く濁してしまいそうな、眩しい存在。  口を開けばその名を呼んでしまいそうで、虚しいだけの嬌声で誤魔化した。  知らない誰かが入り込んでくるたびに、空虚になっていく身体。  汚れるたびに、遠ざかる。  醜くなるほど、輝きを増す。  もう同じ世界には戻れない。互いに端から、住む世界が違うのだから。  ───そう、全部夢だ。  あの微笑みと温もりは、短かくて幸せな夢の中で与えられただけ。  その夢に縋り付きたい本心から逃げたくて、耳を塞ぎ目を閉じる。  記憶の中にあるのは、甘い声と悠だけを映した瞳。  二度と手に入らない幸せを捨てられないまま、悠は今日も汚れた世界で、息を止められずにいる。

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