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番外編 キスの日
「悠、俺との初めてのキスって覚えてる?」
浴室からバスタオル一枚でベッドに雪崩れ込んだ直後。
重ねていた唇を僅かに浮かせて、本郷がふと問い掛けてきた。
まだ濡れたままの本郷の髪は、雲一つない夜空のようにも、深く澄んだ海の底のようにも見える。思わず見入ってしまったのを悟られたくなくて、悠は軽くそっぽを向いた。
「……そんなモン、いちいち覚えてねぇよ」
「相変わらずつれないなあ」
言葉の割にはどこか楽しげに笑って、本郷は悠の髪、額、鼻筋へと辿るようにキスを降らせる。
「まあ、とっくに数えきれないほどしてるもんね」
そう言って、本郷が自身の髪をかき上げた。
普段は口を開くと呆れるような言動ばかり零しているのに、こんな何気ない所作一つ取っても、本郷はとても様になっている。
毎日目の前で見ているはずなのに、一体あと何回、この男に心を奪われるのだろう。
こうして触れ合うたびに、本郷の傍に居るのだと実感して、無性に泣きたくなる。
覚えてない、なんて愛想なく答えたが、そんなのは臆病な悠の嘘だ。
本郷と初めてキスをしたのは、狭い音楽準備室。
意識が朦朧としていたので、もしかしたら悠の勘違いなのかも知れない。けれど悠は、あの日確かに、本郷とキスを交わしたと思っている。
初めて身体を重ねたあのときから、悠は本郷に求められていたのだと、そう信じていたいから。
やんわりと、本郷の長い指が悠のそれに絡んで、シーツへ縫い留められる。
悠の居場所はここしかない。ここ以外の居場所は要らない。
だからこの先もずっと、その手で、その声で、その身体で、悠を繋ぎ留めていて欲しい。
本郷の指をそっと握り返して、悠は不器用にキスを強請った。
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