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番外編 8月2日

「悠。はいコレ、プレゼント」  帰宅するなり本郷が差し出してきたのは、一輪の赤いバラだった。  しかもよく見ると普通のバラじゃない。花の部分は、布らしきものをバラの花に似せて巧みに丸めてある。 「……何だよ、コレ? ドライフラワー?」 「花の部分、広げてみて」 「………?」  言われるまま花の部分をそっと摘むと、思いのほか簡単に茎から外れたそれが、悠の手のひらの上でハラリと広がった。  可憐なバラの花から一転したその布の正体に、ピクリと悠のこめかみが引き攣る。  それは両脇が紐になった、恐ろしく布面積の少ない下着だった。  色は真紅。おまけにレースの装飾まで施されていて、とても男性ものとは思えないデザインだ。 「ふ……っざけんな、このど変態!!」  呆れと怒りと羞恥に任せて悠が投げつけた下着を、本郷が予測していたかのように胸元でキャッチする。 「悠。今日はパンツの日なんだよ?」 「だからどうした」 「つまり、好きな人にとびきり似合いそうなパンツをプレゼントして、それを身につけた姿を思う存分堪能する日だと思うんだ」 「それは完全にお前の願望だろ。そんなモン、似合いもしねぇし絶対に履かねぇ!」 「悠の身体を知り尽くしてる俺が、三ヶ月前から悩みに悩んで選び抜いた、究極の一枚なんだよ?」  際どい下着を握り締めて真顔で力説する目の前の男が、イケメンピアニストとして世間に名を轟かせているのが信じられない。  そしてそのギャップにすっかり慣れつつある自分にも、悠は呆れるばかりだ。 「お前、もっと他に考えることねぇの」 「そうだな……悠がこれを履いてどんなポーズをしてくれるかとか、ベッドとソファならどっちが映えるかとか───」 「パンツから離れろ! 履かねぇっつってんだろ!」 「誕生日もクリスマスも、今年は何も要らないから履いてって、俺がお願いしてもダメ? 俺しか知らない悠が見たいんだ」  真剣な表情で懇願されて、思わず一瞬言葉に詰まる。  本郷に強請られると弱い悠は、いつもこのペースで流されてしまう。  ただし今回は、本郷が握り締めている下着の自己主張が強すぎて、さすがに「わかった」とは引き下がれない。  男優時代はそれなりに卑猥な格好も強要されたが、それが出来たのは、相手が見ず知らずの人間だったからだ。本郷の前で、そんな浅ましい姿は見せたくない。 「堂々とそんなパンツ用意してるお前と違って、俺にはそれなりに羞恥心てモンがあるんだよ」 「俺しか見てなくても、恥ずかしい?」 「当たり前だろ! そんな女モンみてぇなの、履いたことねぇよ!」 「これはれっきとした男性用だよ。悠は肌も綺麗だから、絶対似合うと思うんだけどな。でも、そんなに嫌なら仕方ないか……」  本郷の声のトーンに、あからさまな悲しみと落胆が滲む。  ガッカリする理由がおかしいだろ、と思うのに、消沈している本郷を見ていると、反射的に胸がチクリと疼く。 「……せめてもうちょっとマシなやつ、無かったのかよ」 「履いて貰うならコレがいいんだ」  頑なに譲らない本郷は、まるで大きな駄々っ子だ。  何でも持っているαのクセに、どうしてこんなに残念なんだといつもの如く呆れるけれど、それが本郷という男なのだということも、悠はよく知っている。 「これ一枚が恥ずかしいなら、上に俺のシャツ羽織るっていうのは?」 「お前のシャツ……?」 「それならだいぶ隠れるでしょ。俺としては少し残念だけど、折衷案ってことでどう?」 「折衷案になってるのか微妙だけど、撮影とか妙なことしねぇって約束するなら、まあ……」 「ホント!?」  悠の前でパッと輝く顔は、本郷が二人きりのときにしか見せない顔だ。些細なことでも喜びを表現してくれる本郷にいちいち胸が締め付けられるから、これこそ惚れた弱みというやつだろうか。 「マニアックなプレイはしないって約束するから。ありがとう、悠」  ───『マニアックなプレイは』……?  それはつまり……?  本郷の言葉の意味を深く考える前に、浮き足立った本郷に手を引かれて、悠は寝室へと連行された。    その後、彼シャツに卑猥な下着という耐え難い痴態を晒すことになってしまった悠と、それを見た本郷がどうなったかは、言うまでもない。  そしてこの日を境に、悠の前で『パンツの日』は永遠のNGワードになったのだった。

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