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番外編 御影石とタンザナイト

「御影石ってさ」  ショッピングモール内にある、パワーストーン専門店の前を通りがかった本郷が、思い出したようにふと口を開いた。 「石の意味、悠は知ってる?」  問われて、悠は「いや」と首を振る。  本郷が唐突に御影石の話題を持ち出してきたのは、恐らく悠の苗字に関係しているのだろうが、そもそも悠の名前は姓名共に、施設で付けられたものだ。 「御影石って、磨けば磨くほど輝きが増すんだよね。だからなのかな。社会で生き抜く術を与えてくれるお守りにもなるんだって」 「へぇ……」  本郷の博識ぶりには素直に感心しつつ、悠は与えられた『御影』という姓に思いを巡らせる。  比較的画数が多いので、子供の頃は、書くのが億劫に感じたこともあった。どうしてこんな小難しい名前を付けられたのだろうと、ほんの少し、恨めしく思ったりもした。  けれど本郷の話を聞いた今、悠は子供時代の自分の浅はかさを、ひしひしと痛感していた。  親にも見放された、Ωの子供。  そんな子供が、時には揉まれ、削られながらも、輝きを失わずに生きていけるように。  そうして辿り着いた先に待つ幸せが、果てしなく長く続くように。  悠の名前には、きっとそんな想いが込められているのだと、本郷は教えてくれたのだ。  傍に居るだけで、本郷はいつも悠の全てに理由をくれる。  存在する価値を与えてくれる。 「あ、ちょうど御影石のパワーストーン売ってる。これ、プレゼントしていい?」 「それって、聞くモンなのか?」 「じゃあ勝手に贈ろう」  端から悠の答えなんてお構いなしだったのだろう。本郷は、「どれが悠っぽいかな……」と真剣な眼差しで石を選び始めている。  それから物色すること約十分。  本郷が選んだのは、角こそ丸く削られているものの、四角い形をした御影石だった。本郷曰く、「これが一番悠っぽい」らしい。  丸ではなくて四角というあたり、素直じゃない自分らしいなと悠自身も納得してしまったのが、少し悔しい。 「悪かったな、捻くれてて」 「言うと思った。この形を選んだのは、別にそういう意味じゃないよ」  じゃあ何で?、と視線で問い掛ける悠に、本郷が苦笑する。 「だって、丸だと転がっていっちゃいそうだから。悠、そういうの怖がるでしょ」 「………」  何かを返そうと喉の奥から絞り出した声も、途中で引っかかって音にはならなかった。 「それに俺も、悠がどこかに転がってっちゃうのは、もう二度と御免だから。その為のお守り」  さらりと言ってのける本郷のこういうところが、αだよなと悠は改めて思う。  傍に居たい悠の代わりに、「傍に居て」と伝えてくれる。  こんな気遣いは、悠には出来ない。 「……お前のは?」 「え?」  早々にレジへ向かおうとする本郷の服の背を、咄嗟に摘んで引き留める。 「お前の誕生石」 「ああ……俺は十二月だから、タンザナイトかな。でも俺が贈りたいだけだから、悠は気にしなくていいよ」 「うるせぇ。俺も買いたいだけだっつの」  聞いたものの、誕生石だのパワーストーンだのなんて、悠は全く詳しくない。何なら石の名前を言われたところで、その色がすぐに思い浮かぶものの方が少ないくらいだ。  誕生月ごとに、所狭しと並べられた色とりどりの石の中から、『タンザナイト』の文字を探す。  発見して初めて、悠はタンザナイトの色を知った。  鮮やかだけれど、暮れゆく空のような深いブルーは、本郷の纏う雰囲気によく似ている。見る者の目を惹きつける魅力があって、眺めているだけで心が穏やかになっていく。  まだ何か言いたげな本郷の視線には気づかないフリをして、悠は一番綺麗な球体のタンザナイトを選んだ。  本郷には、歪みのない石が似合うと思った。それに本郷なら、例え形は丸くても、悠のように不安定に転がってしまうことはない気がしたから。  順に会計を済ませて店を出た後、買った石をそれぞれ交換し合うと、本郷が柔らかな顔で微笑んだ。 「パワーストーンの意味って、案外当たってるものなんだね」 「どういうことだよ?」 「タンザナイトの意味は、『想いが伝わる』。悠は俺の想い、ちゃんと受け取ってくれてるでしょ?」 「……多分」 「相変わらずつれないなあ」  肩を竦めながらも、悠の返答を見越していたかのように、本郷が楽しげに笑う。  ───いつだって、お前の想いは苦しいぐらい伝わってるよ。  声に出すと、何故か泣きそうになるから言わないけれど。  本郷が贈ってくれた御影石は、きっとこの先何があっても、輝きを失わずに二人を照らし続けてくれる気がした。

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