8 / 123

virgin suicide :欲望の夜4

***   「失礼します……」  当直の刑事たちが数名いる、捜査一課のフロアに入る。右手に差し入れのお菓子を手に持ち、足早に黙々と奥にある三係を目指した。 「あれ? 水野、歓迎会もう終わったの?」    先輩の土井さんが俺の顔を見て、驚いた顔をする。 「はい。他の人はそのまま、二次会に行っちゃいました。明日は、通常勤務だったから」 「真面目だなぁ、水野は。俺のときは関係なく、思う存分に呑んだくれたぞ」 「あはは。あのこれ、差し入れです」  俺は土井さん用に買った、ビニール袋を差し出した。 「ありがとさん。きっと坊っちゃんのついで、なのにな」 「そんなことないですよ。歓迎会、ご一緒出来なくて残念だったし」  慌てて言うと全てお見通しな顔して、デスクに頬杖つく。その視線が、何だか照れくさい。 「坊っちゃんなら、五分前に仮眠室に行ったから。今なら、まだ起きてると思うよ」 「有り難うございます。行ってきます!」  踵を返して仮眠室に向かった。まずは何て言って、話しかけたらいいだろう――?    いろんな言葉をアレコレ考えながら、仮眠室の扉を静かにノックする。 「――はい?」  ダルそうな山上先輩の声が、くぐもって聞こえてきた。その声で一気に、鼓動が加速する。 「み、水野です。あの……差し入れ、持って来ました……」 「入れば」  扉を開けて恐るおそる中に入ったら、不機嫌120%の顔をした山上先輩が、ベッドに座って、こっちを凝視する。  ――視線が、いつも以上に痛すぎる―― 「……山上先輩、さっきは叩いて、すみませんでしたっ!」  シュバッと音が出る勢いで、しっかり頭を下げた。情けないことに、手に持っているビニール袋が、恐怖でカサカサ鳴っている状態だったりする。 「僕が悪かったんだろ? どうしてお前が謝るんだ?」  不機嫌な顔してるのに声色が至って普通なのが、更なる恐怖心を煽りまくり、頭が真っ白になっていった。    もぅ怖い……マジで怖すぎるよ。 「だからといってファイルで叩くのは、そのぅ、いき過ぎだと、思いまして……」     頭を下げたまま、必死に喋るしかない。どうしたら許してもらえるだろうと、ない頭で必死に考える。    ギシッとベッドから降りる音が聞こえて、視界に山上先輩の靴が映った。    不思議に思い、恐々と顔を上げたら、すぐ傍に端正な山上先輩の顔があって、ギョッとするしかない。 「あの顔、近いです。山上先輩……」 「好きだ、水野」  言い終わらない内に肩を強引に抱き寄せられ、唇を奪われた。あまりのショックに、持っていたビニール袋を落としてしまう。    体の力が抜けるような山上先輩のキスに、激しく頭がグラグラしまくって。 「なっ、何……するん、ですか!?」    息も絶え絶え訴える俺に、山上先輩は熱っぽい眼差しで、じっと見つめ続けた。さっきの痛い視線は、どこにいったんだ? 「お前が好きだから……キス、しただけだ」  ちょっと待て! 何、ワケの分からないことを言い出して―― 「おっ、俺は、れっきとした男です。気持ちの悪いこと、止めて下さい……」    山上先輩の腕から逃れようと、必死になってもがいてみたけれど、それ以上の力でねじ伏せられ、ぎゅっと押さえつけられる。 「上田がお前に触ったとき、自分がどうにも抑えられなくなった。それで、はっきり分かったんだ。水野……お前のことが、すっごい好きなんだって」 「そんなことを、いきなり言われても……」 「そしてお前は僕を叩いた。そのショックが、どれほどのものか分かる?」  山上先輩の問いに、素直に首を横に振ってみせた。  俺のことを好きだって言われても、困るっちゅーの! しっかりとした男なんだから!  ――って、もしかして。 「た、叩いた仕返しに、こんなことをしているんでしょ? いい加減に離して下さい。山上先輩っ!」    そうだよ、イジワルなこの人だからこそ、こんなことして俺を、超絶困らせているに違いない! クソッ! 負けてたまるかよ。  ――なのに。  全身の力を使って離れようとしても、まったくビクともしなかった。それどころか、耳元に吐息をかけながら、甘く囁かれる。 「……お前の唇、すっごく柔らかいのな」 「止めてく、ださい。イヤ、だっ!」  その吐息で肌を粟立たせながら、キスされないよう首を左右に振って、一生懸命に山上先輩から避けた。    その内、ふっと一瞬だけ力が抜け、解放されたと思った瞬間、素早く両手首を後ろ手に縛られる。  紐? いや、ネクタイで縛られてる――指先に時々感じる、ツルツル感。    犯人を縛るのと同じ縛り方だ。もがけばもがくほどに食い込むから。それでも、もがかずにはいられない。じゃないと、俺は山上先輩に…… 「ホント……止めて下さい、山上、先輩……」    恐怖でガチガチに固まる俺を、易々とベッドに連れ込む。そのまま跨がって、俺のネクタイを手際良く外し、ワイシャツを無理矢理引き割いた。    力なく飛んでいく小さなボタンがまるで、今の自分のように見えて、すごく悲しくなる。 「ホントに……止めて、くだ、さ……」    俺の気持ちを無視して、噛みつくようにキスしてきた山上先輩。割って入ってきた舌から、必死に逃げようと、抵抗を試みたけれど―― 「そうやって抵抗すればするほどに、僕を煽るのが分からないかな」    涼しげな一重瞼を細め、魅惑的に微笑んだと思ったら、俺のベルトに手をかけた。そのまま下着と一緒に、スラックスが勢いよく下ろされる。 「ちょっ、何するんですかっ?」 「何って? 水野を、気持ち良くしてあげるだけだよ。だって、ほら」 「ダメ、見ないで……下さ、いっ!」  俺は羞恥で慌てて、顔を横に向けた。ここのところの忙しさで放っておいたせいか、スゴく感じてる、自分がそこにいて。山上先輩にその姿をじっと見られるだけで、恥ずかしくてどうにかなりそうだ。 「そういう顔も、すごくそそるね。堪らなく、なる……」  言いながら俺自身を、上下に緩急をつけて扱き始める。 「や……はっ……」  時折親指でイヤラしく先端を撫でる手に、腰が自然と動いてしまい――涙目になってる俺に、涼しげな一重瞼を細めながら、柔らかく微笑んだ。 「白い肌が上気して、どんどん桃色になるんだね。色っぽいよ、水野……」  俺の鎖骨辺りに唇を寄せ、ちゅぅっときつく吸う。独特な痛みに顔を歪ませると今度は、胸に刺激を与え始めた。  気持ちはしっかり拒絶してるのに、身体は快感にどんどんみち震えている。  どうしよう、このままじゃ……この人の手で―― 「あっ……や、やめ……んっ!」  頭を退け反らせると喉仏をなぞる様に、ペロリと舌を這わせながら食む。 「もっとお前の、感じまくってる淫らな声が聞きたい。ほら聞かせろよ」  そう言って、耳朶を甘噛みしてきた。 「ひっ……ああぁっ、くっ……」  ゾクリと身体を走る快感に、もうどうしていいか、自分でも分からなくなってきていく。  何なんだよ、この人は……何で俺の感じるトコ、全部分かるんだ。  唇を貪られ、思わず応じてしまった。何をされても、気持ちがよくて――頭の中がゆるゆるしていて、つい快感を追い求めてしまう。人にされるのって、こんなにもいいものだったとは。  だけど――この人は職場の先輩で、上司に当たる人。こんなことをされる覚えはない。 「はぁ……も、ダメ……止めて、おね、がい……」  頭の片隅に、僅かながら残ってる理性で、お願いしたのに。 「そんな顔でお願いされたら、最後までするに決まってるだろ。イけよ、水野」  ラストスパートよろしく、激しく俺を高まらせる。その激しい律動に、俺自身はもう限界で…… 「あぁっん! あぅっ……あっ――!」    自分の手の中でイッた俺を、山上先輩は目を細めて満足げに見てから、不敵に微笑む。 「これで終わったと思ったら、大間違いだよ。次は僕をイかせてくれよ、水野……」    抵抗したいのに、身体がいう事を利かない。頭が回らない。気持ちがついていかない。    俺はこれから、どうなるんだろう?    この現実を受け入れたくなくて、きつく目を閉じる。そんな俺に、山上先輩の手が容赦なく伸ばされ――体を引き裂くような違和感と強い痛みの走る中、俺はあっさりと意識を手離した――

ともだちにシェアしよう!