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virgin suicide :貴方との距離
次の日、いつも通り出勤してきた山上先輩。
例の事件はもう終わったことなんだから、最初から何もなかったことにしてしまえ。自分に何度もそう言い聞かせ、普段通りにしようと試みたんだけど……
どうにもぎこちなさを隠せない、不器用すぎて、呆れ果ててしまうくらいだ。
俺を見ている山上先輩の視線は相変わらずなのに、何故か突き刺さるように感じてしまい、ぎこちなさに余計な拍車をかけてしまう。
「水野、あのさ」
「何ですか? 山上先輩……」
話し掛けられても、顔を向けることが出来なかった。目を合わせたら、自分がパニクる気がする。喉が渇いて、変に張りついてしまい、これ以上の言葉が出せない。
「あのワイシャツ、返さなくていいから」
あのとき着せられた、妙に肌触りの良かった桜色のワイシャツ。某ブランド商品だったので、きちんとクリーニングに出してから、返却しようと考えていた。
俯きながら力なく、首を横に振ってみせる。
「あんな高そうな物、戴けません……」
「お前のワイシャツをボロボロにしちゃったのは、僕の責任だ。それにあれは……お前に似合うと思って、買ってあった物、だから」
その台詞に、ドキンと胸が鳴った。
買ってあったって……いつから用意、していたんだろう?
「頼むから、受け取って欲しい。水野……すっごく似合ってたし、さ」
「……分かりました。有り難う、ございます」
そう言って横目でチラッと見ると、嬉しそうな顔をした山上先輩と、バッチリ目が合ってしまった。
慌てて視線を外すと、ププッと笑った声が耳に聞こえてきて、キィという椅子の軋む音をさせながら、俺の背広の裾をぎゅっと掴んでくる。
「何、やってるんですか?」
迷惑というわけじゃないけれど、視線同様に気になる。体が無駄に、緊張してしまうじゃないか。
「僕の精神安定剤だからね、水野は。触ってるだけで癒されるんだ」
山上先輩は掴んだまま、自分のデスクに置かれたファイルを開いた。
正面から見たら、何てことのない風景だけど――後ろから見たらまるで、子供がお母さんのエプロンを掴んで、甘えているように見える。
――そんな感じ。
直に触られてるわけじゃないけど、掴まれている重さがどこか、山上先輩の想いに比例している気がして、無理に外せずにいたんだ。
だから俺は暫くの間、掴まれたままでいた。思っていたよりも、迷惑じゃなかったから。
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