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virgin suicide :貴方との距離3
***
「山上先輩、自宅に着きましたよ。家の鍵を開けるので貸してください」
背負っている山上先輩の手からしっかりと鍵を受け取り、なんとか開ける。中に入ると、思ってた以上に部屋が綺麗で驚いた。山上先輩のデスクの上がいつも雑然としていて、物に溢れていたから。
「ベッドは……あっちかな?」
山上先輩の体から伝わる体温の高さを感じると、早く寝かせたくなった。
「よいしょっと。山上先輩、ベッドに下ろしますよ……」
静かにベッドに腰掛けて下ろそうとしたのに、山上先輩は俺を離そうとせず、更にぎゅっと抱きしめる。
「山上先輩、ちゃんと寝ないと風邪……治りませんよ」
その行為にドギマギしながら抱きしめる腕を解くべく、手をかけようとしたときだった。
「寒いんだよ、すごく……。水野があったかいから手離したく、ないんだ……」
いつもより掠れたハスキーボイス。耳元で告げられたから、妙に鼓膜に貼りつくように残ってしまう。
「薬、ちゃんと飲みましたか?」
「朝は飲んだ……昼はまだ、飲んでない、か」
「だったら水を持ってくるので、離してください。ちゃんと飲まないと、熱が下がらないですよ」
「水なんか、いらない。薬なんてクソ食らえだ……」
「山上先輩……それじゃあ、いつまで経っても治らないですって」
後ろから抱きしめられてるので、どんな顔をしているのか全然わからない。呼吸が荒くて、しんどそうにしてるのが、手に取るように伝わってくるだけに、早く薬を飲んで欲しかったのだけれど――。
「薬も……水も、酸素もいらない。ただおまえが――水野がそばにいてくれたら……それで、いい……」
(――どうして山上先輩は俺のことを、こんなに想っているんだろう?)
「わかりました。じゃあ一緒に布団に入ってあげますから、まずは着替えましょうね?」
俺の提案に渋々頷き、離れてくれた山上先輩は、いそいそ着替えを始めた。
(大丈夫、この人は病人なんだから。この間のような事件はたぶん起きない。いや、絶対に起きないぞ!)
背広を脱ぎながら、自分に言い聞かせる。
恐るおそるベッドを見ると先に布団に入った山上先輩の手が、早く来いといわんばかりに、おいでおいでをしていた。
「失礼します……」
遠慮がちに布団へゆっくりと足を入れると、病人とは思えないスピードで細長い腕が俺の体を捕らえた。
「わっ!」
拒否る間もなく密着する互いの体――布団の中は山上先輩の体温で、かなり暖かい状態だった。
「僕の……水野……」
そう言ってしあわせそうな顔で、眠りについた山上先輩。本当は署に戻って、会議室を作る手伝いをしなければならなかった。なのに抱きしめられた腕を、どうしても解くことができない。
山上先輩の顔を見てみる。汗で張り付いた前髪を、オデコからそっと剥がしてあげた。俺の肩口を枕にして甘えるように眠ってる様子は、普段見られない山上先輩の姿をしていて。
「ほっとけない、よね……」
俺にあんな酷いことをした人とは思えなくて、きゅっと胸が切なくなる。
「……嫌いになれたら、すごく楽なのに」
毒舌マシンだけど仕事に対する情熱は、始末書を見れば明らかで――器物破損もなんのその。犯人を検挙するためには、手段を選ばない。そのひたむきさは、本当に舌を巻くレベル。そのひたむきさと情熱で俺を……この人は犯したのに。
とてもつらくて苦しくて――彼を憎もうとした。それなのに時折見せる山上先輩の優しさに俺は……気がついたら――目の端で彼の姿を追ってる自分。そして耳で、貴方の声を必死に捜していた。
「これって、恋……してる、んだ」
相手は男なのに……自分を無理やり犯した人なのに。自分の想いもそうだけど、これを告げたあとの山上先輩の情熱も、正直怖かった。
「さっきの発言も怖かったもんな。どんだけ、俺のことを想ってるんだよ。この人は」
嬉しいけど怖い。変な感情――。
「好きです、山上先輩。早く良くなってくださいね」
はっきり感じた好きという気持ちを込めて、そっと唇にキスをする。高熱で唇は乾いて、カサカサしていたけど、体の熱はあのときと同じように感じる。
――早く良くなって、俺を抱いてください――
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