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virgin suicide :想いが重なる夜3

*** 「仕事が終わったら、水野の家で話をしよう」  会議が終わり、それぞれの仕事を片付けるべく作業中に告げられた唐突な提案に、俺は顔をすっごく曇らせた。 「山上先輩の家みたいに綺麗じゃないし、きっと落ち着きませんよ……」 「僕の家はハウスキーパーが来てるから、いつも綺麗なんだ」 「へぇ、そうですか」    さすがお坊っちゃま、お金をかけるところが庶民とは違う。非常に羨ましいじゃないか。 「水野の部屋、どんなのか見てみたい。いいだろ?」 「そんな顔して言われても……」  俺を念仏に見立てるように、両手を合わせて拝み倒す。あからさまに必死こいて、頼みこまれても困ってしまうよ。 「水野のおねだりには負けるからな。僕なりのおねだりの仕方なんだけど?」 「……なんの話ですか」 「鑑識のゲンさんが言ってたぞ。水野にお願いされると、なんだか断れないって。必死になって寝癖がついた頭を下げる姿に、胸を打たれるってさ」  僕は寝癖なんて格好の悪いことをしないから。とわざわざ付け加え、俺の右腕を強引に掴んでデスクから立たせると、捜査一課から連れ出すようにどんどん歩いて行く。 (あの……お互い仕事がまだ終わっていないのに、勝手に切り上げて俺の家に向かうのだろうか。それとも山上先輩は、もうすでに仕事を終えたのだろうか?) 「で、水野の家はあっちだろう?」   颯爽と署を後にし、なぜだか俺の家の方角に向かって、迷いなく進んで行く。山上先輩もしかしたら、俺の家の場所を知ってるのか? それって正直、ストーカーちっくだよ……。  俺が慌てふためいている間に、あっさりと自宅に到着。山上先輩が俺の家を知ってたのが確定した瞬間だった。 「とりあえず、その辺に座ってください。お茶、淹れますから」 「お茶なんかいらない」    おどおどしている俺を、後ろからぎゅっと抱きしめてきた山上先輩。 「なぁんで大事なセリフ、デカ長に向かって言っちゃうかな」  心底呆れた声で言う。そりゃ当然だ……。 「水野、いつから僕のこと、好きになっていたんだ?」  言いながら、俺の首筋に唇を滑らせる。途端に、背筋がゾクリとしてしまった。 「つっ……ちょっ、そんなことされたら、ちゃんと答えられませんよ」 「僕を焦らした、水野が悪い」    そう言うと、歯を立てて噛みつこうとした。慌てて山上先輩の後頭部の髪の毛を引っ張り、無理やり引き剥がす。 「もう! 目立つところに、歯形を付けるの止めてください。この間、関さんに散々、からかわれたんですから」 「僕のだっていう印、付けたいだけなんだ」  山上先輩は嫌がる俺を無視して首筋に噛みつき、しっかりと痕を残したというのに、口を尖らせて不機嫌な顔をした。イケメンなので口を尖らせていても、なぜかサマになるのが不思議だ。俺が口を尖らせたら、ただの駄々っ子になるだけなのに。 「山上先輩、さっきの質問、俺もそのまま返したいです。いつから、好きになったんですか?」  俺は腰に手を当てて、山上先輩を見た。さっきまでの甘い雰囲気はどこに、一触即発な状況である。 「おまえと初めて会った日、僕を含めた数人の刑事は、被疑者を追っかけてたろ?」 「そうですね……」  そのときのことを、ぼんやりと頭の中で思い出そうとした。 「水野ってば被疑者に肘鉄で思い切り頭を殴られて、かなり痛かったはずなのにさ。その痛さを微塵も感じさせずに、僕の横に並んで走って来たろ。ニコニコ笑いながら」  涼しげな一重瞼を細くして、懐かしそうな顔をする。 「俺、笑ってましたっけ?」  小首を傾げながら、顎に手を当てて考えた。当時ヘマをして慌てていたので、イマイチ記憶が曖昧だった。 「笑ってたんだよ、水野。そして綺麗なフォームで走って、被疑者を追っかけて行ったんだ。その姿に僕はたぶん、一目惚れしたんだと思う」 「そう、だったんですか……」  俺にとってはよくある日常なのに、その姿に一目惚れするなんて、山上先輩は相当変わってる。 「水野、想ってるだけじゃ、気持ちは伝わらないんだよ。いつから僕のこと、好きだったんだ?」  縋るように俺の肩に両手を置かれたせいで、逃げ出せない状態に追い込まれてしまった。面と向かって自分の気持ちを告げるが恥ずかしくて、視線をあちこちに彷徨わせるしかない。 「えっと……はっきり認識したのは、山上先輩が風邪でダウンしたときです。くたばってる姿を見ていたら、なんだか愛しさがじわじわと込みあげてきてしまって」    俺が赤面して照れながら言うと、げえぇという呆れた声がした。 「僕がダウンしたのって、かなり前じゃないか。しかもなんで人がくたばってる姿を見て、ムラムラするかな。おまえ……」 「ムラムラしてませんってば! そうじゃなくて放っておけないっていうか、支えなきゃみたいな」  言葉で気持ちを伝えるには、なんかうまくいかなくて本当にもどかしい。 「そう想ってるのに僕のことを散々、これでもかとキズつけてくれたよな。あれは、どうしてだ?」  さっきから事情聴取されていることで、自宅が取調室に早変わり。なんだか俺は、容疑者の気分である。 「それは……その山上先輩の気持ちが、正直怖かったんです」 「今まで付き合った奴には、キモい・ウザい・重いと言われたことはあったけど、怖いは初めてだな」  どこか落ち込んだようなトーンで告げながら、自嘲的に笑う。俺を掴んでる両手に、ぐっと力が入った。時々こういう、やるせなさそうな顔をするから、目を離せなくなった。山上先輩は今、どんな気持ちでいるんだろう? 「俺が怖いのはきっと、山上先輩の想いの深さに俺が溺れてしまって……自分の足で立っていられなくなりそうで、すごく怖いんです」  縋るように、山上先輩をじっと見つめた。 「たぶん俺も同じように、山上先輩のことが好き、だから……」  貴方なしでは生きていけなくなりそうで、本当は怖いんです。 「だったら二人で、支えながら立ってればいいじゃないか。一緒に仕事してるみたいにさ」  そう言って息が止まりそうなほど、山上先輩は俺をぎゅっと抱きしめてくれる。 「水野……溺れたら一緒に這い上がればいい。想い合ってるなら……きっとできるはずだろ?」  その言葉に胸が熱くなってじーんとしていると、ポケットに入れてたスマホが突如鳴り響いた。 「おいおい……これからってときに、どこのお邪魔虫だ?」    イライラしながら無造作に、俺のポケットに手を突っ込む。ディスプレイを確認後、じろりと白い目で見つめてきた。 「水野……おまえ、二股かける気なのか?」  唸るように言う山上先輩から、怒りのオーラがメラメラと出ているように見える。 「なにを言ってるんですか。俺、彼女いませんよ。たぶん、妹からのメッセージだと思います」  恐々と告げた俺のセリフに、山上先輩は胡散臭そうな表情してから、持ち主の許可なく勝手にスマホを捜査して、メッセージの確認をする。 「あ~、何々。こんばんは、元気にしてる? この間紹介した彼氏、お兄ちゃん良い人だねって言ってくれたけど、全然イイ人じゃなかったです。元カノと私、二股かけてたんだよ、サイテーな男。だからぶっ飛ばしちゃった。なので、お兄ちゃんにお願い。職場にいるイケメン、可哀想な妹に紹介して下さいね。彩音より……」 「水野彩音、女子大に通う俺の妹です。わかってくれましたか?」  憮然としながら言うと、山上先輩はなんだか嬉しそうな顔をする。 「僕に妹を紹介しろよ。俺のカレシで~すって」 「なに言ってるんですか。もう……」 (呆れた、なにを考えてるんだよ。この人は――) 「だって水野の妹、見てみたいし。かわいいだろ?」  俺は顔をうんと引きつらせた。 「普通です、一応。それに絶対に山上先輩には、紹介したくないですっ!」    理由は明確。お兄ちゃんには、わかりすぎるくらいわかってしまう。彩音が山上先輩を見たら間違いなく、好きになると思う。兄妹揃って、趣味が同じような気がする。 「そんな激しく、拒否らなくてもいいだろう?」 「妹だろうが、他の人にも紹介したくないんです」  だって山上先輩は、無条件にカッコイイ。どこの誰にも、渡したくない人なのだから――。 「どうして?」  仕事のときのような、上から目線の質問。絶対に確信犯なんだ。 「それは……山上先輩が好きだから。誰にも渡したくないから、です」  俯きながらやっと言うと、ぎゅっと身体を抱き寄せてくれた。 「妹に渡したくないくらい、僕が好き?」  耳元に告げられる言葉にコクンと頷くと、顎を持ち上げられる。 「想いは口にしろって、さっき教えただろう、ん?」    そう言って、頬にそっとキスをした。結構くすぐったい……。 「僕のことを、どれだけ想ってるのか。水野の口から、たくさん聞きたい。もっと言ってくれよ。おまえをキズつけた僕自身を、どれくらい好きかって」    ……知りたいんだよ。そう掠れた声で言いながら、俺の唇を塞ぐ。身体の芯がじんと痺れるようなキスに言葉なんて考えられなくて、貪るように山上先輩の唇を重ねた。 「ちょっ、待てっ! エロ過ぎるぞ、おまえ。その柔らかい唇で、僕を溺れさせる気か?」  冗談めかして言う山上先輩の目をしっかり見てから、自分の気持ちを告げる。今までキズつけてしまった分だけ、想いをしっかりと込めて――。 「溺れてください。俺は山上先輩が欲しいんです……」  間違いなく真っ赤な顔をしているであろう自分に、山上先輩は心底嬉しそうにすりすりと頬擦りをした。 「ああ、こんな日が来るなんて、夢にも思わなかった。もう水野をキズつけないように、僕なりに気を遣って過ごした毎日……長かったなぁ」  そして、ついばむように何度もキスをする。 「大袈裟な……」    キスの合間に漏らした俺のセリフに、山上先輩はまたしてもぶーっと唇を尖らせた。 「好きなのに手を出せない僕の気持ちが、おまえにわかるのか!? しかも当の本人は、傷口に塩を塗ったくるようなことを、平然とした顔でするし……ホント、鈍感だよな~」 「……すみません」 「ぷっ、謝るな。そんな鈍感なおまえに惚れた、僕が悪いんだしさ」 「山上先輩……」 「溺れさせてくれ、政隆。おまえで感じたい――」  初めて名前で呼んだその唇で、俺をいとも簡単に快楽に溺れさせる。ただ名前で呼ばれただけなのに、どうしてこんなに胸が締めつけられるのだろう。    山上先輩の唇や手が触れる度に、その箇所が熱をもって、どんどん上昇していく。もっともっと欲しくて、貪欲に求めてしまった。―お互いに、キズつけあったから――。

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