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virgin suicide :想いが重なる夜3
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「仕事が終わったら、水野の家で話をしよう」
会議が終わり、それぞれの仕事を片付けるべく作業中に告げられた唐突な提案に、俺は顔をすっごく曇らせた。
「山上先輩の家みたいに綺麗じゃないし、きっと落ち着きませんよ……」
「僕の家はハウスキーパーが来てるから、いつも綺麗なんだ」
「へぇ、そうですか」
さすがお坊っちゃま、お金をかけるところが庶民とは違う。非常に羨ましいじゃないか。
「水野の部屋、どんなのか見てみたい。いいだろ?」
「そんな顔して言われても……」
俺を念仏に見立てるように、両手を合わせて拝みたおす。あからさまに必死こいて、頼みこまれても困ってしまうよ。
「水野のおねだりには負けるからな。僕なりのおねだりの仕方なんだけど?」
「何の話ですか」
「鑑識のゲンさんが言ってたぞ。水野にお願いされると、何だか断れないって。必死になって寝癖がついた頭を下げる姿に、胸を打たれるってさ」
僕は寝癖なんて格好の悪いことをしないから。とわざわざ付け加え、俺の右腕を強引に掴んでデスクから立たせると、捜査一課から連れ出すようにどんどん歩いて行く。
あの……お互い仕事がまだ終わっていないのに勝手に切り上げて、俺の家に向かうとか(汗)それとも山上先輩は、仕事をちゃっかり終えたのだろうか?
「で、水野の家はあっちだろう?」
颯爽と署を後にし、何故だか俺の家の方角に向かって、迷いなく進んで行く。山上先輩もしかしたら、俺の家の場所を知ってるのか?
それって正直、ストーカーちっくだよ……
俺が慌てふためいている間に、あっさりと自宅に到着。
(やっぱり山上先輩、俺の家を知ってた模様)
「とりあえず、その辺に座って下さい。お茶、淹れますから」
「お茶なんかいらない」
おどおどしている俺を、後ろからぎゅっと抱きしめてきた山上先輩。
「なぁんで大事な台詞、デカ長に向かって言っちゃうかな」
心底呆れた声で言う。そりゃ当然だ……
「いつから僕のこと、好きになっていたんだ?」
言いながら、俺の首筋に唇を滑らせる。途端に、背筋がゾクリとしてしまった。
「つっ……ちょっ、そんなことされたら、ちゃんと答えられませんよ」
「僕を焦らした、水野が悪い」
そう言うと、歯を立てて噛みつこうとした。慌てて後頭部の髪の毛を引っ張り、無理矢理引き剥がす。
「もう! 目立つところに、歯形付けるの止めて下さい。この間、関さんに散々、からかわれたんですから」
「僕のだっていう印、付けたいだけなんだ」
嫌がる俺を無視して首筋に噛みつき、しっかりと痕を残したというのに、口を尖らせて不機嫌な顔をした。
イケメンなので口を尖らせていても、なぜか様になるのが不思議だ。俺が口を尖らせたら、ただの駄々っ子になるだけなのに。
「さっきの質問、俺もそのまま返したいです。いつから、好きになったんですか?」
俺は腰に手を当てて、山上先輩を見た。さっきまでの甘い雰囲気はどこに、一触即発な状況である。
「お前と初めて会った日、僕たち数人の刑事で、被疑者を追っかけてたろ?」
「そうですね……」
そのときのことを、ぼんやりと頭の中で思い出そうとした。
「水野ってば被疑者に肘鉄で思い切り頭を殴られて、かなり痛かったはずなのにさ。その痛さを微塵も感じさせずに、僕の横に並んで走って来たろ。ニコニコ笑いながら」
涼しげな一重瞼を細くして、懐かしそうな顔をする。
「俺、笑ってましたっけ?」
小首を傾げながら、顎に手を当てて考えた。当時ヘマをして慌てていたので、イマイチ記憶が曖昧だ。
「笑ってたんだよ、水野。そして綺麗なフォームで走って、被疑者を追っかけて行ったんだ。その姿に僕は多分、一目惚れしたんだと思う」
「そう、だったんですか……」
俺にとってはよくある日常なのに、その姿に一目惚れするなんて、相当変わってる。
「水野、想ってるだけじゃ、気持ちは伝わらないんだよ。いつから僕のこと、好きだったんだ?」
すがるように俺の肩に両手を置かれたせいで、逃げ出せない状態に追い込まれてしまった。面と向かって自分の気持ちを告げるが恥ずかしくて、視線をあちこちに彷徨わせるしかない。
「えっと……はっきり認識したのは、山上先輩が風邪でダウンしたときです。くたばってる姿を見ていたら、何だか愛しさが、じわじわと込み上げてきてしまって」
俺が赤面して照れながら言うと、げえぇという呆れた声がした。
「僕がダウンしたのって、かなり前じゃないか。しかも何で人がくたばってる姿を見て、ムラムラするかな。お前……」
「ムラムラしてませんってば! そうじゃなくて放っておけないっていうか、支えなきゃみたいな」
言葉で気持ちを伝えるには、何か上手くいかなくて、本当にもどかしい。
「そう想ってるのに僕のことを散々、これでもかとキズつけてくれたよな。あれは、どうして?」
――自宅が取調室に早変わり。何だか俺は、容疑者の気分である。
「それは……その山上先輩の気持ちが、正直怖かったんです」
「今まで付き合った奴には、キモい・ウザい・重いと言われたことはあったけど、怖いは初めてだな」
どこか落ち込んだようなトーンで告げながら、自嘲的に笑う。俺を掴んでる両手に、ぐっと力が入った。
時々こういう、やるせなさそうな顔をするから、目を離せなくなってしまうんだ。今、どんな気持ちでいるんだろう?
「怖いのはきっと、その想いの深さに俺が溺れてしまって……自分の足で立っていられなくなりそうで、すごく怖いんです」
すがるように、山上先輩をじっと見つめた。
「多分……俺も同じように、山上先輩のことが好き、だから……」
貴方なしでは生きていけなくなりそうで、本当は怖いんです。
「だったら二人で、支えながら立ってればいいじゃないか。一緒に仕事してるみたいにさ」
そう言って息が止まりそうなほど、俺をぎゅっと抱きしめてくれる。
「溺れたら一緒に、這い上がればいい。想い合ってるなら……きっと出来るはずだろ?」
その言葉に胸が熱くなってじーんとしていると、ポケットに入れてたスマホが突如鳴り響いた。
「おいおい……これからってときに、どこのお邪魔虫だ?」
イライラしながら無造作に、俺のポケットに手を突っ込む。ディスプレイを確認後、じろりと白い目で見つめてきた。
「水野……お前、二股かける気なのか?」
唸るように言う山上先輩から、怒りのオーラがメラメラと出ているように見える。
「何、言ってるんですか。俺、彼女いませんよ。多分、妹からのメールだと思います」
恐々と告げた俺の台詞に、胡散臭そうな表情してから、持ち主の許可なく勝手にメールを確認。
「あ~、何々。こんばんは、元気にしてる? この間紹介した彼氏、お兄ちゃん良い人だねって言ってくれたけど、全然イイ人じゃなかったです。元カノと私、二股かけてたんだよ、サイテーな男。だからぶっ飛ばしちゃった。
なので、お兄ちゃんにお願い。職場にいるイケメン、可哀想な妹に紹介して下さいね。彩音より……」
「水野 彩音、女子大に通う俺の妹です。分かってくれましたか?」
憮然としながら言うと何だか、嬉しそうな顔をする。
「僕に妹を紹介しろよ。俺のカレシで~すって」
「何、言ってるんですか。もう……」
呆れた、何考えてるんだよ。この人は――
「だって水野の妹、見てみたいし。可愛いだろ?」
興味はソコですか。俺は顔を、うんと引きつらせた。
「普通ですから、一応。それに絶対に山上先輩には、紹介したくないですっ!」
理由は明確。お兄ちゃんには、分かりすぎるくらい分かってしまう。彩音が山上先輩を見たら間違いなく、好きになると思うから。兄妹揃って、趣味が同じような気がするのだ。
「そんな激しく、拒否らなくてもいいだろう?」
「妹だろうが、他の人にも紹介したくないんです」
だって山上先輩は、無条件にカッコイイから。どこの誰にも、渡したくない人なのだから――
「どうして?」
仕事のときのような、上から目線の質問。
――絶対に確信犯なんだ。
「それは……山上先輩が好きだから。誰にも渡したくないから、です」
俯きながらやっと言うと、ぎゅっと身体を抱き寄せてくれた。
「妹に渡したくないくらい、僕が好き?」
耳元に告げられる言葉にコクンと頷くと、顔を持ち上げられる。
「想いは口にしろって、さっき教えただろう、ん?」
そう言って、頬にそっとキスをした。結構くすぐったい……
「僕のことを、どれだけ想ってるのか。水野の口から、たくさん聞きたい。もっと言ってくれよ。お前をキズつけた僕自身を、どれくらい好きかって」
……知りたいんだよ。そう掠れた声で言いながら、俺の唇を塞ぐ。
身体の芯がじんと痺れるようなキスに、言葉なんて考えられなくて、縋るように山上先輩の唇を貪った。
「ちょっ、待てっ! エロ過ぎるぞ、お前。その柔らかい唇で、僕を溺れさせる気か?」
冗談めかして言う山上先輩の目をしっかり見てから、自分の気持ちを告げる。今までキズつけてしまった分、想いをしっかりと込めて――
「溺れて下さい。俺は山上先輩が欲しいんです……」
間違いなく真っ赤な顔をしているであろう自分に、山上先輩は心底嬉しそうに、すりすりと頬擦りをした。
「ああ、こんな日が来るなんて、夢にも思わなかった。もう水野をキズつけないよう、僕なりに気を使って、過ごした毎日……長かったなぁ」
そして、ついばむようにキスをする。
「大袈裟な……」
キスの合間に漏らした俺の台詞に、またしてもぶーっと唇を尖らせた。
「好きなのに手を出せない僕の気持ちが、お前に分かるのか!? しかも当の本人は、傷口に塩を塗ったくるようなことを、平然とした顔でするし……ホント、鈍感だよな~」
「……すみません」
「ぷっ、謝るな。そんな鈍感なお前に惚れた、僕が悪いんだしさ」
「山上先輩……」
「溺れさせてくれ、政隆。お前で……感じたい――」
初めて名前で呼んだその唇で、俺をいとも簡単に快楽に溺れさせる。ただ名前で呼ばれただけなのに、どうしてこんなに胸が締め付けられるのだろう。
山上先輩の唇や手が触れる度、その箇所が熱をもって、どんどん上昇していく。もっともっと欲しくて、貪欲に求めてしまう。
――お互いに、キズつけあったから――
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