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virgin suicide :守りたい7
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次の日、山上先輩に頼まれた書類を捜査本部に届けるために、俯きながら廊下を歩いていた。山上先輩のデキる仕事ぶりをくまなくチェックすべく、パラパラ捲りながら読んでいると――。
「あっ、水野さんだ!」
キツネ顔の男がいきなり俺を指差して、バタバタ駆け寄って来る。
(えっと……どこかで見覚えのある顔なんだよね。どこだったかな?)
「初めまして。俺、水野さんに憧れて、刑事になったんです!」
いきなり、ぎゅっと右手を握られた。憧れられることなんて、した覚えはないのだが――?
「君って確か……うーんと、捜査三課にいるよね?」
いい感じに個性的な顔をしていたので、間が悪いことになんとなく思い出してしまった。
「俺のこと、知っててくれたんですか?」
きらきらと目を輝かせながらこっちに迫ってきたので、その迫力に思わず一歩退くと、握られている手で押し止められる。
「すっごく嬉しいです。憧れの水野さんに俺のこと、覚えててもらえるなんて」
そのなんともいえない迫力に気圧されていると、次々と勝手に喋り出すキツネ顔の男。
「水野さん、刑事になるのに山上さんの権力を無視して、自力で刑事になったっていうじゃないですか。それって、すごいと思ったんです。権力に屈しない水野さん、すっげぇカッコイイなって……」
そして俺の顔を、まじまじと見つめてくれたのだが。
「しかも本人に実際逢って見たら、結構キレイな優男だし。そのギャップに、思わず萌えてしまいました」
憧れるのも萌えるのもキツネ顔の男の勝手だけど、正直なトコなんか気持ち悪い。
「あの~悪いんだけど俺、先を急いでるんだよね」
苦笑いをしながらやんわりとお断りしたのに、全然手を離してくれない。
「今度、呑みに行きませんか? 了承してくれたら手を離してあげます」
(気持ち悪い上に強引。ホント、最悪な男だな――)
「そこまでにしとけよ。この、うかんむり野郎!」
唸るようなハスキーボイスが、廊下に響いた。後ろを振り返ると、山上先輩がもの凄い形相でこっちを睨みつけている。たぶん俺を睨んでいるんじゃないってわかるけど、その視線はどうみたって刺し殺しそうな勢いを感じた。
それよりも、うかんむり野郎って窃盗のことだよね。実際のところ窃盗の窃は、あなかんむりだけど警察用語で、うかんむりと呼ばれていた。
「なんのことでしょう?」
山上先輩に睨まれてるのに、キツネ顔の男は全然臆する事なく飄々としている態度を貫く。
「いつまで、僕の水野に触ってるんだよっ!」
山上先輩は怒りを示すべく、ドスドス足音を立てて俺たちの傍に来ると、その腕をばっと乱暴に引き剥がした。
「水野もどうして、こんなヤツにされるがままになってるんだ。このバカっ!」
「すみません、すみませんっ!」
離したくても、すごい力で握られてて正直、怖かったのだけれど言えない……山上先輩の怒りの方が、もっと怖いから。なんて……。
「へぇ、僕の水野ね……。ただの先輩後輩の仲じゃないんだ」
「僕のデスクからなにも見つからなかったからって、水野を調べてもなにも出ないからな」
「水野さん、なにも知らないからでしょ。そんなの下調べ、ついていますから」
キツネ顔の男は笑いながら俺たちに背を向けると、来た道を戻って行きながら呟く。
「山上さんって水野さんのことになると、がらりと人が変わりますね」
遠ざかっていく背中に、チッと舌打ちをした山上先輩。
「久しぶりに超絶ムカついた。絶対に潰してやるからな……」
唸るように言って俺の右手を強引に引っ張り、捜査本部に向かって歩く。
見た事がないくらい怒ってる姿に、俺は山上先輩に声をかけることがどうしてもできなかった。
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