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virgin suicide :貴方が残してくれたもの

「は~っ。久しぶりに外に出て、捜査出来るなんて、いつ以来だ?」   気持ち良さそうに、両腕を空に向かって、うーんと伸びをする山上先輩。    最近は書類を捌くべく、デスクワークが中心だったので、昼間から表の空気を吸えることに、ちょっぴり感激していた。 「すみません。きっと俺が現場を荒らす恐れがあるから、捜査に出られなかったのかも……」   自分の不甲斐なさを情けなく思い、小さな声で言うと、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。温かくて大きな手に、自然と顔が綻んでしまった。 「最初は誰だってそうさ。だけどお前は書類をやらせたら、きちんと完璧にこなすだろう? 誉められるところがあるんだから、もっと自信持てよな」    上目遣いで照れながら、隣にいる山上先輩を見ると、してやったりな表情を浮かべていた。 「そんな顔してたら、迷うことなく襲うぞ?」    そう言って素早く、頬にキスをする。 「もっ、こんな場所で何するんですか!」    ここは外なのに。人目があるというのに……正直、とっても嬉しいんだけど。 「久しぶりの捜査で緊張して、可笑しくなってる水野をオモチャにしてみた」  俺は目をパチクリさせ、小首を傾げるしかない。どうして、緊張していることが分かったんだろう? 「お前のことは、すべてお見通しなんだよ。僕の大事な男なんだから」    その言葉だけで、肩の力がすっと抜けていく。自然と胸の中が、ほっこりしてきた。 「水野は僕と比べてクソ真面目だから、変なところに力が入るんだよ。だからヤってる時みたいに、リラックスしてみろ」 「何なんですか。そのアドバイス……例えが、かなぁり変ですよ」  俺が、うんとイヤそうな顔をしたというのに。 「だって水野がもっともっとって言って、僕を求めるから。リラックスしていないとあんな台詞、普通は言えないよな?」 「言ってない。記憶にございませんっ!」  プイッとそっぽを向いて、むくれてしまう小さい自分。完全にオモチャにされてるよ。癪に障るなぁ、もう! 「記憶が無くなるほどに感じてるってことを、ちゃっかり自分で、カミングアウトしてるし」 「もう、苛めるの止めて下さい……。いい加減、恥ずかしいです」    この人には、口で勝てる気がしない。さっさと諦めるのが先決だ。 「クソ真面目なところも、僕よりもエロいトコも全部ひっくるめて、お前が好きなんだよ」    グイッと強引に、腰を抱き寄せる山上先輩。 「愛してる……政隆」    耳元で切なげに告げた台詞に、胸がじんと熱を持つ。誰かを愛おしいって気持ちを、大事にしたいなと強く思った。 「山上先輩、あの場所……覚えてますか?」  俺が指差した方向を、すっと目で追ってから、涼しげな一重瞼を細めてクスッと笑う。 「懐かしいな。水野と初めて逢った公園。一目惚れしたトコだ……」 「俺に罵声を浴びせた人と、こんな関係になるなんて、夢にも思わなかったです」    立ち止まり二人して暫く、その場に佇んでいた。 「僕は水野と、恋人になれるって思ったよ。刑事の勘でさ」 「……嘘つきは、泥棒の始まりです。まったく」 「僕が無理矢理、手繰り寄せたんだ。水野との、運命の赤い糸をさ」 「お家の権力を使ったり、強引に襲ったり?」   呆れた目で山上先輩を見つめると、どこか寂しげな雰囲気を漂わせて、俺をじぃっと見る。    ――そんな瞳で見つめられたら、目が離せないよ。  俺だけを見るその眼差しに、どんどん引き込まれていく。 「何としても、お前が欲しかったんだ。そんな顔して、責めてくれるな……」    どこか照れたように言って顔を背けると、さっさと先に歩き出す。そんなに、苛めすぎちゃったかな……いつもなら反論して俺のことを、こてんぱんに打ちのめすのに。    後味が悪いなぁと思いながら、小走りで山上先輩の隣に並んだ。 「そうだ。今日の捜査手順、しっかり確認しておかないと」  イヤな空気を払拭すべく、大袈裟な咳払いをして、ポケットからメモ帳を取り出し、中身をしっかりとチェックした。 「真面目だね、水野……」   変な気、遣うなよ。なんてポツリと小さい声で言ってから、俺の頭を大きな手で、優しく撫でてくれる。  そのとき、目の前にある茂みがガサガサ音を立てながら、大きく揺れるのが目に留まった。    不思議に思って、二人して立ち止まる。茂みから声が、かすかに聞こえてきた。 『色が白くて細い方を、殺ればいいんだよな』   その内容に眉をひそめた瞬間、茂みをかき分けて男がゆっくりと現れる。その姿は右側だけ長髪という、変わった髪型に、白いシャツとジーパンのラフな格好をした、自分と同じような長身の男だった。    しかも右手には、拳銃を握りしめているじゃないか――    さっきの台詞……もしかして俺が標的!?    男が険しい顔をして、拳銃を構えようとしたのを見て、俺は右側にある公園に逃げようと咄嗟に足を向ける。    素早く向けたのに、体を動かすことが出来なかった。山上先輩が俺を息が止まりそうなほどに、きつく抱きしめてきたから。    声を出す間もなく、乾いた音が耳に届くのと、山上先輩の体に震えるような衝撃が、直に俺へと伝わったのが同時だった。 「水野……無事、か?」  やけに掠れた声で山上先輩が言う。俺はそれにたいして、頷くのがやっとで声にならない。 「そうか。良かっ……た」    安堵のため息をついて、フラッと俺を手離した。未だに男は、拳銃を構えたまま慎重に、こちらを狙っている状態。 「誰に断って、水野にチャカ向けてんだよ。コイツを殺っていいのは、僕だけなんだっ!」   背中を撃たれているというのに、怒りに任せて、男に突進して行く。 「ダメッ! 山上先輩っ!」  俺の声に被さって、拳銃の発射音が二発聞こえた。    赤い椿の花が枝からボトリと落ちるように、山上先輩の体がその場に崩れ落ちる。    その姿を一瞥してから、男は拳銃を持ったまま、公園内に素早く走り去って、その姿を消した。 「山上先輩っ! 山上先輩、しっかりして下さいっ!」  俺は慌てて山上先輩の傍に跪き、撃たれた箇所を確認する。背中と腹部、左足にそれぞれ一発ずつ……    左足からの出血が酷かったので、自分のネクタイを急いで外すと、太ももにグルグル巻きつけ、ぎゅっとキツく縛って止血した。    その手当てが済んでから、スマホで110番に連絡する。 「三丁目にある、せせらぎ公園横の市道で、発砲事件が発生しました。刑事が一人負傷しているので大至急、救急車をお願いします。背中と腹部、左太もも撃たれて、重症、です……救急車、早、くっ……お願い――」    最後まで、話す気力がなくなってしまった。目の前にいる愛しい人の痛々しい姿に、胸が押しつぶされてしまって。    手にしていたスマホを放り出し、山上先輩の頭を自分の胸の中に、ぎゅっと抱き寄せる。 「水野、偉いな……ちゃんと事件の連絡、出来た……」 「どうしてっ!? どうして俺を庇ったんですか? 逃げるタイミングがあったはずでしょう?」    山上先輩の頬に、右手でそっと触れた。どんどん冷たくなっていく肌に、不安ばかりが募ってしまう―― 「誰かの手で、水野がキズつくの、ど、うしても、許せなかったんだ……ごめん、な……」 「俺だって、こんな、山上先輩の姿……見たくない、です」   泣かないように下唇を噛む。そんな俺の顔をじっと見つめ、喘ぐような呼吸をしながら、山上先輩は言葉を発する。 「水野、頼みが、ある。お前ん家の冷蔵庫、にさ、卵入れるケース、あるだろ?」 「ありますね……」 「その、ケースの、裏側に……今まで調べ、た資料が、入ったUSB、張り付けて、あるから……それ、監察室に……関に、届けて……くれないか?」 「……今すぐじゃなきゃ、ダメですか?」    抱きしめている上半身を持ち上げて、冷たくなっていく体をあたためる。こんなにキズついた貴方を、ひとりきりで置いては行きたくないのに――    どんどん血の気が引いていく顔色に、更に胸が押し潰されそうになる。 「俺の命令、は絶対、だろ。お前の駿足、使って早く、関に、届けろ……行くんだ、政隆っ!」   そう言って力なく、俺の頭を小突いた山上先輩。    俺はぎゅっと歯を食いしばり、近くにあった街路樹の根っこに、山上先輩の頭を乗せた。そして背広を上半身に、そっとかけてあげる。 「言われたことは、きちんとこなします。だから……山上先輩もちゃんと生きて……俺を抱きしめて、下さいね」   胸がこれでもかと張り裂けそうな、狂おしいくらいの苦痛を抱えて、俺は自宅へとひたすら走った。    これが山上先輩との、最期の別れになるとも知らず――

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