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virgin suicide :貴方が残してくれたもの

*** 「は~っ。久しぶりに外に出て、捜査ができるなんて、いつ以来だ?」   気持ち良さそうに両腕を空に向かって、うーんと伸びをする山上先輩。最近は書類を捌くべくデスクワークが中心だったので、昼間から表の空気を吸えることに、ちょっぴり感激していた。 「すみません。きっと俺が現場を荒らす恐れがあるから、捜査に出られなかったのかも……」   自分の不甲斐なさを情けなく思って小さな声で言うと、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。あたたかくて大きな手に、自然と顔が綻んでしまった。 「最初は誰だってそうさ。だけどおまえは書類をやらせたら、きちんと完璧にこなすだろう? 誉められるところがあるんだから、もっと自信持てよな」    上目遣いで照れながら隣にいる山上先輩を見ると、してやったりな表情を浮かべた。 「水野、そんな顔してたら迷うことなく襲うぞ?」    そう言って素早く、頬にキスをする。 「もっ、こんな場所でなにするんですか!」   (ここは外なのに。人目があるというのに……正直、とっても嬉しいんだけど――) 「久しぶりの捜査で緊張して、おかしくなってる水野をオモチャにしてみた」  俺は目をパチクリさせ、小首を傾げるしかない。どうして山上先輩は、俺が緊張していることがわかったんだろう? 「なんて顔をしてるんだ。おまえのことは、すべてお見通しなんだよ。僕の大事な男なんだから」    その言葉だけで、肩の力がすっと抜けていく。自然と胸の中がほっこりした。 「水野は僕と比べてクソ真面目だから、変なところに力が入るんだよ。だからヤってるときみたいに、リラックスしてみろ」 「なんなんですか、そのアドバイス……たとえが、かなぁり変ですよ」  俺が、うんとイヤそうな顔をしたというのに。 「だって水野がもっともっとって言って、僕を求めるじゃないか。リラックスしていないと、あんなセリフは普通は言えないよな?」 「言ってない。記憶にございませんっ!」  プイッとそっぽを向いて、むくれてしまう小さい自分。完全にオモチャにされてるよ。癪に障るなぁ、もう! 「記憶が無くなるほどに感じてるってことを、ちゃっかり自分でカミングアウトしてるし」 「もう、苛めるの止めて下さい……。いい加減、恥ずかしいです」    この人には口で勝てる気がしない。さっさと諦めるのが先決だ。 「クソ真面目なところも僕よりもエロいトコも全部ひっくるめて、おまえが好きなんだよ」    ほほ笑んだ山上先輩は、強引に俺の腰を抱き寄せる。 「愛してる……政隆」    耳元で切なげに告げた言葉に、胸がじんと熱を持つ。誰かを愛おしいって気持ちを、大事にしたいなと強く思った。 「山上先輩、あの場所……覚えてますか?」  俺が指差した方向を目で追ってから、涼しげな一重瞼を細めてクスッと笑う。 「懐かしいな。水野と初めて逢った公園。一目惚れしたトコだ……」 「俺に罵声を浴びせた人とこんな関係になるなんて、夢にも思わなかったです」    立ち止まりふたりして暫く、その場に佇んでいた。 「僕は水野と、恋人になれるって思ったよ。刑事の勘でさ」 「……嘘つきは泥棒の始まりです。まったく!」 「僕が無理やり手繰り寄せたんだ。水野との運命の赤い糸をさ」 「お家の権力を使ったり、強引に襲ったりして?」   呆れた目で山上先輩を見つめると、どこか寂しげな雰囲気を漂わせて、俺をじぃっと見る。そんな瞳で見つめられたら、目が離せない。俺だけを見るその眼差しに、どんどん引き込まれていく。 「なんとしても、おまえが欲しかったんだ。そんな顔して責めてくれるな……」    どこか照れたように言って顔を背けると、さっさと先に歩き出す。 (そんなに苛めすぎちゃったかな……いつもなら反論して俺のことを、こてんぱんに打ちのめすのに)    後味が悪いなぁと思いながら、小走りで山上先輩の隣に並んだ。 「そうだ。今日の捜査手順、しっかり確認しておかないと」  イヤな空気を払拭すべく大袈裟な咳払いをして、ポケットからメモ帳を取り出し、中身をしっかりとチェックした。 「真面目だね、水野……」   変な気を遣うなよ。なんてポツリと小さい声で言ってから、俺の頭を大きな手で優しく撫でてくれる。  そのとき、目の前にある茂みがガサガサ音を立てながら、大きく揺れるのが目に留まった。不思議に思って、その場に立ち止まる。茂みから、声がかすかに聞こえてきた。 『色が白くて、細い方を殺ればいいんだよな』   その内容に眉をひそめた瞬間、茂みをかき分けて男がゆっくりと現れる。その姿は右側だけ長髪という変わった髪型に、白いシャツとジーパンのラフな格好をした、自分と同じような長身の男だった。    しかも右手には、拳銃を握りしめているじゃないか。   (さっきのセリフ……もしかして俺が標的!?)    男が険しい顔をして拳銃を構えようとしたのを見て、俺は右側にある公園に逃げようと咄嗟に足を向ける。素早く向けたのに、体を動かすことができなかった。山上先輩が俺を息が止まりそうなほどに、きつく抱きしめてきたから。    声を出す間もなく乾いた音が耳に届くのと、山上先輩の体に震えるような衝撃が直に俺へと伝わったのが同時だった。 「水野……無事、か?」  やけに掠れた声で山上先輩が言う。俺はそれにたいして、頷くのがやっとで声にならない。 「そうか。良かっ……た」    山上先輩は安堵のため息をついて、俺から腕を離した。未だに男は拳銃を構えたまま、慎重にこちらを狙っている状態を維持する。 「誰に断って、水野にチャカ向けてんだよ。コイツを殺っていいのは、僕だけなんだっ!」   背中を撃たれているというのに、山上先輩は怒りにまかせて男に突進して行く。 「ダメッ! 山上先輩っ!」  俺の声に被さって、拳銃の発射音が二発聞こえた。赤い椿の花が枝からボトリと落ちるように、山上先輩の体がその場に崩れ落ちる。    その姿を一瞥してから、男は拳銃を持ったまま公園内に素早く走り去って、その姿を消した。 「山上先輩っ! 山上先輩、しっかりしてくださいっ!」  俺は慌てて山上先輩の傍に跪き、撃たれた箇所を確認する。背中と腹部、左足にそれぞれ一発ずつ命中しているのがわかった。左足からの出血が酷かったので、自分のネクタイを急いで外すと、太ももにグルグル巻きつけ、ぎゅっとキツく縛って止血する。    その手当てが済んでから、スマホで110番に連絡した。 「三丁目にある、せせらぎ公園横の市道で発砲事件が発生しました。刑事が一人負傷しているので大至急、救急車をお願いします。背中と腹部、左太もも撃たれて重症、です……救急車、早、くっ……お願い――」    最後まで、話す気力がなくなってしまった。目の前にいる愛しい人の痛々しい姿に、胸が押しつぶされてしまって。手にしていたスマホを放り出し、山上先輩の頭を自分の胸の中に、ぎゅっと抱き寄せる。 「水野、偉いな……ちゃんと事件の連絡、できた……」 「どうしてっ!? どうして俺を庇ったんですか? 逃げるタイミングがあったはずでしょう?」    山上先輩の頬に、右手でそっと触れた。どんどん冷たくなっていく肌に、不安ばかりが募ってしまう。 「誰かの手で、水野がキズつくの、ど、うしても、許せなかったんだ……ごめん、な……」 「俺だって、こんな、山上先輩の姿……見たくない、です」   泣かないように下唇を噛む。そんな俺の顔をじっと見つめ、喘ぐような呼吸をしながら、山上先輩は言葉を発する。 「水野、頼みが、ある。お前んチの冷蔵庫、にさ、卵入れるケース、あるだろ?」 「ありますね……」 「その、ケースの、裏側に……今まで調べ、た資料が、入ったUSB、張り付けて、あるから……それ、監察室に……関に、届けて……くれないか?」 「……今すぐじゃなきゃ、ダメですか?」    抱きしめている上半身を持ち上げて、冷たくなっていく体をあたためる。こんなにキズついた貴方を、ひとりきりで置いては行きたくないのに――。    どんどん血の気が引いていく顔色に、更に胸が押し潰されそうになる。 「僕の命令、は絶対、だろ。おまえの駿足、使って早く、関に、届けろ……行くんだ、政隆っ!」   そう言って力なく、俺の頭を小突いた山上先輩。    俺はぎゅっと歯を食いしばり、近くにあった街路樹の根っこに、山上先輩の頭を乗せた。そして自分の背広を上半身に、そっとかけてあげる。 「言われたことは、きちんとこなします。だから……山上先輩もちゃんと生きて……俺を抱きしめて、くださいね」   胸がこれでもかと張り裂けそうな、狂おしいくらいの苦痛を抱えて、俺は自宅へとひたすら走った。山上先輩の命令を忠実にこなすために――。

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