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virgin suicide :貴方が残してくれたもの2

*** 「行ったか、水野……」  上半身にかけられてる背広から、水野の温もりがじわりと体に伝わってきた。 「なんだか、水野に抱きしめられてる、みたいだな……」  震える手で背広を鼻先まで引き上げて、愛おしい香りを堪能する。この香りを堪能できるのは、あとどれくらいだろうか?  匂いをかぎながら頭の中に、俺に向かってほほ笑む水野の姿を思い浮かべる。ワガママばかり言う僕に愛想尽かすことなく、よくついてきてくれた。  ……愛しい、僕の水野――    痛みを堪えながらポケットからスマホを取り出し、関にコールした。 『はい、関です。珍しいな、こんな時間に連絡くれるなんて』 「緊急事態……発生、なんだよ。悪いドジった……」 『どうした? 怪我でもしてるのか?』 「察しが早くて、助かる。三発、くらっちまった……。相手はマル暴の、下っ端かな。早く手配、しないと消される、ぞ」 『わかった。救急車の手配は?』 「水野が全部、やって、くれた。今な、そっちに、向かわせてる。バックアップ、しといた資料、水野が届けるから。そこに、いてくれ」 『ああ。待っていればいいんだな。達哉、しっかりしろよ? まだ俺たちの事件は、解決していないんだから』 「わ~ってる、大丈夫。だから……」  喚くように言って、通話を切った。    ――正直、大丈夫じゃない。先程まで撃たれた部分が燃えるように痛かったのに、今はその痛みさえ感じなくなってきている。    乱れる息を整えながらスマホを持ち直し、アドレス帳の(い)をなんとか表示してコール。イケてるデカ長、林田さんにかけた。 『もしもし、山上? 捜査でなにかトラブルか?』    ……何だよ、デカ長。僕はトラブルメーカ、なのか!? 「もしもし、トラブル、みたいな感じかも。撃たれた、から」 『は!?』 「例の、警察内の汚職……。いいトコまで、掴んだ、のに。マル暴使って、僕の水野、狙いやがった」 『山上、おまえ……?』 「こう、見えて僕、弱いんです。水野のために、強くなろう、って思ったのに……水野の、いない世界、考えられなくて。そう思ったら体が、勝手に前に……出てた」  一気に言葉を吐き出してから、安堵のため息をつく。誰かに、自分の気持ちを聞いて欲しかった――もう、思い残すことは、ない……かな。 『山上、おまえさんは弱くないぞ。しっかり頑張って、今までやってきたじゃないか』 「きっと、バチが、当たったんです。無理やり赤い糸を手繰り寄せ…たから……強引に、手繰り寄せた、反動で切れて……しまったみたい、だ」    水野の赤い糸は、誰と繋がっているのだろう。こんな情けない僕と繋がっていないことは、最初からわかっていた。それに――。 (――他のヤツに恋してる水野なんて、僕は絶対見たくない)    だから、僕は……先に逝くよ。政隆……ごめんな――。 「デカ長……僕からの遺言、お願い……」 『遺言なんて言ってくれるな。山上っ!!』    いつも怒ってばかりなのに、泣きながらデカ長が叫ぶ。 「水野を……頼むわ。アイツ、刑事辞めないように、引き留めてくれ。責任感、強いヤツ…だから、きっと辞める、って、言い出すはず、だから……」  最期にもう一度、抱きしめたかった。おまえの柔らかい唇に、キスしたかったよ。 『山上っ!? しっかりしろっ! 返事してくれっ!』 「政隆……ありが、とう……」    ……こんな僕を愛してくれて。おまえに出逢えて、本当に良かった――。  目に映る水野は、柔らかい笑みを浮かべながら愛しげに僕を見下して、ぎゅっと体を包み込んでくれた。そのあたたかいぬくもりに包まれたまま、僕は――。

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