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virgin suicide :貴方が残してくれたもの3

***  自宅に向かって走りながら、インターハイ予選のことを、ぼんやりと思い出していた。プレッシャーに押し潰されそうな心と体に必死になってカツを入れて、自分を奮い立たせて頑張ったあの日。 「山上先輩……山上、先輩……」  今の俺はインターハイの予選よりも、必死になって走り抜ける。一秒でも早く、無事な山上先輩に逢いたいから!    自宅に辿り着き、冷蔵庫の卵のケースをひっくり返す。三個の卵が床に落下したけど、そんなの気にしない。ケースの裏に貼り付けてあったUSBを急いで取り外し、直ぐさま警視庁に向かうべく、一目散で駆け出した。 「早く……早く早くっ!」    俺の必死な形相に、すれ違う人が勝手に避けてくれる。正直これには助かった。    吸い込まれるように警視庁の玄関口に入り、迷うことなく三階にある監察室へと向かう。扉をノックせずにいきなり開け放つと、その音で関さんが驚いた顔して立ち上がった。    俺は開けた扉の前から、なぜだか動くことができない――だってそこには、いつも身なりをピシッと音がしそうな感じに整えてる関さんが、そこにいなかった――掻きむしって乱れた髪型に、いつもかけている眼鏡がなく、目が真っ赤に腫れていた。 「……関、さん?」    俺の声に反応した関さんが、ため息をひとつついてからやっとこちらへ足を進ませる。 「取り乱した姿をして済まない。山上から話は聞いている。無事に届けてくれてありがとう」    右手を出したので関さんの手にUSBを置くと、傍にあった金庫に手早くしまった。 「一緒に……警察病院へ行こうか。山上が待っている」    俺の返事も聞かずに関さんは左手首を掴んで、強引に引きずりながら足早に歩く。 「山上先輩……無事、なんですよね?」  俺が訊ねているのに、答えてくれない関さん。その代わりに掴んでいる手首を強く、ぎゅっと握りしめられた。    取り乱した姿の関さん。俺の質問に、答えてくれない関さん。らしくない関さんの姿に、俺の心臓がバクバクと音をたてた。同時に口の中もカラカラに渇いてきて、声を出すことすらできない。    引っ張られたまま無言で関さんの車に乗り、警察病院に向かった。運転しながら、関さんがやっと口を開く。 「水野くん、達哉は最期まで頑張ったそうだ……」  その言葉に、くっと息が詰まった。   (最期まで、頑張った――?) 「君がUSBを届けるために、頑張って走っただろう? 達哉も同じ頃、頑張っていたんだよ。だから……一緒に、労って、やろう、な……っ」  鼻声になった語尾にもらい泣きしそうになったけど、なんとか必死に堪える。俺は泣かないって決めたんだから。  ――強くなるって、山上先輩に誓ったんだから!    悲壮感漂う車内に、静かなピアノ曲が流れていた。その旋律が、今は無性に胸に響く――。

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