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virgin suicide :貴方が残してくれたもの4

 その後、俺と関さんは並んで、警察病院にある霊安室に向かった。    扉をノックすると、中からデカ長が顔を出す。    取り乱した関さんの姿と、クタクタに疲れきった俺を見て、しっかりと一礼してから、中に促してくれた。 「山上の、立派な最期……見てやってくれ……」  目頭に手を当てて、半泣きしながらデカ長は言う。    関さんが、顔にかけられている白い布をそっと外し、山上先輩の顔をじぃっと見つめた。それから合掌し、さっさと向きを変えて足早に出て行く。 「関さん……」  俺が声をかけると、右側の壁を拳でガンと殴りつけた。 「これから俺は……署に戻って、山上が残した資料を元に、容疑者すべての洗い出しをする。悪いが、失礼させてもらうよ」  そう言い放ち、颯爽と去って行く後ろ姿を見送っていると、デカ長が感嘆のため息をついた。 「さすが、監察官になるだけの器はあるな。俺はただ泣くだけで、何も出来やしねぇや……」 「俺も……今は何も、手につかないです」 「悪いが、署に連絡してくる。留守番していてくれないか?」 「はい……」    俺はデカ長を見送ってから、改めて、山上先輩に向き合った。    関さんが白い布を外したままにしていたので、直ぐに顔を見ることが出来る。    とても綺麗な顔をしていた。揺さぶったら今にも起きそうな、いつも通りの感じで……口許が僅かに微笑んで見えるのは、俺の気のせいなんかじゃない。すごく……安らかな寝顔だった。 「山上、先輩……」  胸の上に組まれている拳をそっと外して左手を取り、薬指を撫でてみる。俺が付けた歯形が、うっすらと残っていた。 「どうして……ひとりきりで、逝ってしまったんですか? 俺を殺してから死ぬって、言ったじゃないですか……」    この手で俺の頭を、よく撫でてくれた。この両腕でぎゅっと強く、俺を抱きしめてくれた……せめて最期にもう一度、抱きしめて欲しかった―― 「達哉さん……」  貴方のいない世界で俺はどうやって、これからひとりで生きていけばいいんですか?    そう思ったとき、さっき関さんが言った言葉が頭に流れる。 『山上が残した資料を元に、容疑者すべての洗い出しをする』  俺は、山上先輩の左手薬指にキスしてから、両手を元通りにした。    こんなところで、感傷に浸ってる場合じゃない。山上先輩が追っていた事件、俺が解決しなきゃ…… 「水野、留守番済まなかったな」   おずおずと入って来たデカ長と入れ替わりに、俺は勢いよく霊安室を出た。 「水野?」 「関さんと一緒に、山上先輩の調べていた事件、やってきます!」    デカ長に向かって一礼し頭を上げると、俺の体を強引に抱きしめる。 「――デカ長?」 「水野は強いな。だから山上は、お前を選んだのか……頼むから、無理はしないでくれよ? これ以上、優秀な部下を俺は、失いたくないから」 「分かりました。肝に銘じます」          そして俺は関さんに頼み込んで、山上先輩が追っていた事件の引き継ぎをした。    今回の発砲事件が鍵となり、芋づる式に所轄内部の汚職が明るみとなった。    この事件を暴いた関さんと俺は、表彰されることになったけれど、表彰式に出席せずその足でデカ長のデスクに辞表を置き、そのまま三係をあとにした。    ここに留まる意味が俺には、もう無いのだから……    ――山上先輩がいない世界に、まったく未練はなかった――

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