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virgin suicide :貴方が残してくれたもの5
***
警察署からすぐに向かった場所――山上先輩が眠っているお墓に顔を出した。
「山上先輩……やっとここに来たよ」
胸の奥がぎゅっと絞めつけられて、すごく切なくなる。
持ってきたひしゃくで、じゃばじゃばとお墓に水をかけ、黙々と掃除をした。スポンジでゴシゴシお墓を擦っていると、なんだか山上先輩の広い背中を洗ってるみたいで、つい笑ってしまった。
そして、カサブランカを花立に差す。なんの花が好きかわからなかったので、山上先輩に似合いそうな、カサブランカにした。
掃除道具を片付け、墓前に向かってきちんと合掌してから地面に体育座りして、ゆっくり話しかける。
「山上先輩が追ってた汚職事件。関さんとふたりで、やっと解決したんだよ」
残してくれた資料、とても役に立った。
「山上先輩を撃った被疑者も、捜査一課総出で一斉検問かけて、すぐに捕まったんだ。『坊っちゃんの仇討ちだ~』とか言って、みんなが必死に捜査したんだよ」
影では悪口を言っていたのに心のどこかで、貴方を認めていたんじゃないかな。
「やっぱ、山上先輩はすごいなぁ……」
膝頭に額を当てて、そっと俯いた。柔らかくほほ笑んでる、山上先輩の顔が瞼の裏に映る。俺を愛しそうに見つめてくれる、ふわりと笑った顔――。
「こんなすごい人が自分の恋人だったなんて、ホント奇跡みたいな話……俺はドジばかりして、ダメな男……だから」
――今だって、そう。俺はこれからなにをすればいいのか、全然わからない状態だった。無気力とは違う、なにかに支配されていた。心が……身体がずっと、貴方を求めているんだ。悲鳴をあげ続けているんだよ。
「ねぇ、そっちに逝ったら両手を広げて、俺を迎えてくれる?」
山上先輩がいなくなってから、特に夜が淋しくて身体が冷たくて。いつも甘えるように、貴方は俺に抱きついて寝ていたから。そのぬくもりがないことをひしひしと感じただけで、すごく――。
「つらいんだ。死にたくなるほど。つらい、よ……」
「死んだら、山上に叱られるぞ。なにやってんだ、このバカ! ――ってな」
顔をあてげ声のする方を見ると、そこにはデカ長が苦笑いしながら、こちらに向かって歩いている姿があった。
「なんだなんだ。山上の墓前で、そんな辛気臭い顔して。ほらそこ、ちょっと退いてくれや」
慌てて言われた通り退くと、デカ長は小さくてかわいらしい敷物を、ババッとそこに敷いた。
「娘が幼稚園のときに使ってた、お古なんだよ。水野、ここに座りなさい」
「……失礼、します」
靴を脱いでおずおず座ると、向かい合う形でデカ長も座った。カバンからおもむろに、缶ビールを取り出す。
「なぁ山上、コイツ酷いんだ。今日は表彰式だってのに、勝手に欠席してよぅ。しかも俺のデスクに辞表を置いて、さっさと出て行きやがったんだ」
言いながら、俺の手に無理やり缶ビールを持たせた。
「山上が亡くなってからの1ヶ月半で、水野はえらく成長したと思ったんだけどな。事件が解決しちまったら、一気になにかが抜けてしまったか?」
垂れた目を細めて、優しくほほ笑むデカ長。俺はどうしていいかわからず、手渡された缶ビールを、じっと見つめた。
「おまえさん宛てに、山上から遺言……預かってる」
「えっ!?」
驚いて顔を上げるとデカ長はやるせない顔をして、ぽつりぽつりと語り出す。
「山上が撃たれた直後に、俺に電話してきたんだ。遺言、聞いてほしいって」
「山上先輩が……?」
「ああ。水野が刑事を辞めないように、引き留めてくれってさ。山上はおまえさんのこと、なんでもお見通しなんだなぁ」
俺は唖然とした。拳銃で打たれて重傷だった山上先輩が俺の未来を予測して、デカ長に的確な指示を出すなんて。しかも遺言という形でそれを残すとか――。
「辞めないように? どうしてそんなこと……」
「そうだな。『僕が手塩にかけて、育てた時間を無駄にするつもりか水野』って言うんじゃないかね。なぁ山上?」
デカ長は似てない山上先輩のモノマネをして墓石へ視線を移し、ここにはいない山上先輩に訊ねた。返事なんて、返ってくるハズないのに。
それから困惑しまくりの俺の顔をじっと見て、とてもつらそうに顔を歪ませる。
「山上が最期に……政隆、ありがとうって、囁くように言ってたよ。俺はそれ聞いて、マジ泣きしちまってな。一人きりで逝く山上が、可哀想でならなかったわ」
その言葉を聞いて、俺は下唇を噛んだ。泣かないように強く噛んだのに、止めどなく涙が溢れてきて。愛してるという言葉より、なぜだかすごく心に響いてしまった。
「山上、せんぱ……」
(俺に刑事を辞めるなと言った。貴方の代わりに、刑事を続けろってことなの?)
いろんな想いがぶわっと胸の中に詰まって、涙を流しながら嗚咽をあげる俺に、デカ長は優しく頭を撫でてくれた。
「山上が、捜査一課に初めて来たときな。隣にある、マル暴担当に配属されたんだよ。ホストみたいにブランド物のスーツをビシッと着こなして、刑事らしくない雰囲気をなんとなくだけど漂わせててさ。『初めまして、山上達哉です。好きな言葉は徴悪です』って言ったのが、印象的だったなぁ」
「うっ……なんか、山上先輩らしいですね。勧善懲悪って、言わないトコが」
鼻をグズグズさせながら言うと、デカ長は大きく頷いた。流れ落ちてくる涙を拭って、しっかりと話の続きを聞いてみる。
「犯人を検挙するためには、手段選ばないヤツだったから。持って生まれたセンスも手伝って、手柄と一緒に始末書もたくさん立ててたけどな。実際はその手腕を買われて、三係に引っ張られたんだよ……それと同時に関に頼まれて、所轄の汚職事件の捜査に着手したんだ」
「デカ長は山上先輩がその事件調べてるの、知っていたんですね」
「始めからじゃないさ。デカ長になって、暫くしてからかな。関に呼び出されて、オーバーワークにならないよう、気をつけてやって欲しいと頼まれた。そのときに、事情を聞いたんだ」
デカ長が空を見上げながら、切なそうな顔をする。
「毎日、きゅうきゅうと仕事してた山上が、水野が来てから変わったなぁ。落ち着いたというか、しおらしくなったというか」
信じられない言葉を聞いて、げぇっと言いながら眉間にシワを寄せてしまった。
「あの、アレで落ち着いた……と言うんですか?」
「水野が来る前はほぼ毎日、関と始末書について、ケンカばかりしてた。表向きは、犬猿の仲を演じてただけみたいだが」
デカ長は深いため息をついてから、手に持っている缶ビールのリングプルを引き抜いた。
「水野の表彰、本当は山上と交えて三人で、お祝いしたかったよ。ほら遠慮せずに、いい加減、開けなさい」
「は、はいっ!」
慌てて引き抜いたら、ビールが少し溢れてしまった。
「まったく――山上がいてもいなくても、おまえさんのドジっぷりは、しっかり健在だな」
デカ長は苦笑いしながら、俺の手元をポケットから出したハンカチで優しく拭ってくれる。
「すみません……」
「すみませんついでに、これで鼻をかんでおけ」
ポケットティッシュを手渡されたので、頭を下げながらいそいそ鼻をかんだ。
「……なにからなにまで、ホントにすみません……」
俺が謝ると、デカ長は右手に持ってる缶ビールを掲げてほほ笑んだ。その笑顔がすっごく眩しくて、思わず目を細めてしまった。
「山上の代わりに水野の面倒、見なきゃだからな。おまえさんも決めたか? 山上の遺志を継ぐことを、さ」
俺はしっかりとデカ長の目を見てから、同じように缶ビールを掲げた。
「山上先輩の命令は絶対、ですから……。きちんとしなきゃあの世から出てきて、祟られちゃうかもですよね?」
俺たちは笑い合いながら、缶ビールをカチンと当てて乾杯をした。
「良かったな、山上。水野が刑事を辞めなくて。当の本人は幽霊でもいいから、逢いたいだろうけど?」
そのセリフに、呑んでいたビールを吹いてしまう。
「本当、デカ長には敵いませんね……」
言われたことは事実なので、あえて否定はしない。
「口だけは山上に負けないな。困ったヤツだ」
困ったと言いながらも、なんだか嬉しそうなデカ長。俺はやっと心から、笑うことができた。
「水野にとって山上の存在が大きかった分、アイツが亡くなって苦しんだかもしれん。だけど大きかったからこそ、それを柱に頑張っていけるよな?」
さっきまで心の中に渦巻いてた無気力や喪失感が、山上先輩の『ありがとう』の言葉で、キレイさっぱり、なくなってしまった。代わりに芽生えた、頑張らなきゃという新鮮な気持ち。
山上先輩みたいに、カッコイイ刑事にはなれないだろうけど――俺だからこそなにかできることがあるんじゃないかって、心の中で思い始めていた。
「はい。デカ長にはたくさん迷惑をかけると思いますが、改めて宜しくお願いします!」
俺がそう言うと、胸ポケットから手紙を取り出す。
「じゃあ、これは用済みだな」
俺が書いた辞表を、縦にビリビリと引き裂いてくれた。
「山上以上に厳しく、ばんばんしごいていくから覚悟しておけ!」
「はい、頑張ります!」
そうして二人で、一気にビールをあおった。
山上先輩が『徴悪』なら、俺は『勧善懲悪』で行こう。もちろん、ドジを減らすことは忘れない。
――これでいいよね? 達哉さん。
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