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Imitation Black:引き寄せられる距離
二年になり幸か不幸か、山上と同じクラスになった。
模範的な生活態度と成績優秀な彼は、クラス委員長に選ばれる。
群れるのがあまり好きじゃないと言ってたのに、程良くクラスの奴らと仲良くしている山上は、ますます高嶺の花になっていった。
同じクラスになり、遠くから眺めて早二ヶ月後、教育実習生が学校に来た。
うちのクラスにも、メガネをかけてビシッとスーツを着た、先生もどきが着任したんだ。
担任は学級委員長である山上に、校内の案内を頼むと、快く引き受け、柔らかく微笑む。その態度は、いつも通りなれど――山上を見た、先生もどきの目の色が変わったのが、一目ではっきりと分かった。
「おいおいアイツ、ヤバいんじゃないか? 姫が襲われるかもしれないぞ」
「誰か一緒についてって、見張ってやんねぇと。貞操の危機だぜ」
分からないよう、コソコソ喋り出すクラスの奴ら。山上のことをこっそり「姫」と呼んでいるらしい。
その表現、分からなくはないのだが、俺としては心中複雑。まるでクラスのヤツらに、山上が守られてるみたいだ。
お陰で実習生の校内の案内は、大人数で行われたのは言うまでもない。
この日は何事もなく、無事に終わった。だから安心していたのに……
部活に行こうと机から教科書類を、鞄に詰め込んでいる最中に、ふと忘れ物に気づいた。
生憎、宿題が出ていたからスルーすることもできず、しぶしぶ視聴覚室まで取りに行った。
誰もいないだろうと乱暴に扉を開けたら、視聴覚室の左隅にいるふたりの姿が、引き寄せられるように目に留まった――実習生と山上が抱き合って、キスをしていたのだ。
山上の腕が実習生の首にしっかり絡められ、それはもう濃厚な雰囲気がありありと伝わってくるくらいに。
物音に気がついた二人が、驚いた顔で俺を見た。
「わっ、悪い! 邪魔したね」
ショックとビックリを足した気持ちを抱え、顔を激しく引きつらせながらまくし立てる様に言い、慌ててその場を後にした。
高嶺の花、山上が実習生とデキていた。ヤツが来てまだ、三日しか経っていないというのに。
どこに惹かれたんだろう? やっぱ大人がいいんだろうか……包容力とかありそうだもんな。
自分の教室に向かうべく、走りながら必死に考えたけれど、答えが出るワケのない思考回路。
頭を抱えつつ肩を落として、トボトボ教室に戻った。
「忘れ物は、部活が終わってから取りに行くか……」
取りに行ったら行ったで、さっきの出来事がプレイバックされるんだろうな。
山上は誰のモノにもならない――勝手にそう思い込んでいた。思い込んでいただけに、地味にショックが大きい。
机の上に置かれていた自分の鞄を手にして、教室から出ようと後方にある扉を開けるべく、ゆっくり手をかけた。
そのとき勢いよく前側の扉が開かれ、なだれ込むように誰かが入って来る。
「松田、いるっ?」
肩を上下させた山上が、教室の後方にいる俺を素早く見つけた。
どういう顔をして話をすればいいか、正直分からない。
きゅっと下唇を噛む。
カツカツと靴音を立てて傍にやって来ると、俺の前に静かに佇む山上。手にしている物を、すっと差し出してきた。
それは俺の忘れ物だった。
「これを取りに来たんだろう? 授業が終わって、すぐチェックしていれば手渡せたのに、本当に悪かった」
担任に呼ばれて仕事を後回しにした、僕のミスだ。低い声でそう付け加えて、済まなそうに謝る。
「いや……俺の方こそ、いろいろゴメン。俺が忘れ物しなかったらこんな手間、かけさせなかったのに」
ノートをそっと受け取りながら、恐るおそる顔を上げて、じっと山上を見た。
涼しげな一重瞼を少しだけつり上げ、突き刺すような眼差しが、体に突き刺さるようだ。その無言の圧力に、たじたじになる。
こんな顔もするんだなと、ビビりながら思ってしまった。
「さっきの、見た?」
「……ああ」
見たくはなかったと、付け加えなかった。言ってしまったらきっと、自分の気持ちを告げそうだから。
「誰にも言わないでくれると助かる。お互いの立場があるからさ」
眉根を寄せ、キリリと引き締まった一重瞼を細めながら、丁寧に頭を下げる。
揺れる瞳からは明らかに、不安が手に取るように分かった。
そんな懇願する山上の姿を見て、いけないことを閃いてしまった。
――山上と一緒にいられるきっかけ――
「分かった、ナイショにしといてやる。その代わり……」
「何だい?」
「俺に勉強を教えてくれないか? 特に英語、最近さっぱりついてけなくて」
持っていた鞄から、問題大有りの英語のテストを取り出し、思い切って山上に見せた。正直恥ずかしいのだが、背に腹は代えられない。
「部活やってるヤツは、テストの点数70点以上って決まってるんだけど、昨日やった小テストがこの有様でさ。学期末までには、何とかしたいと思ってて」
「これは相当厳しいかも。徐々に点数、落ちていってるだろう?」
「ああ。正直、恥ずかしい話なんだけどさ」
「勉強見るくらいなら、お安い御用だ。ギブアンドテイクだから」
ホッと安心した顔をして俺を見る山上は、いつもの顔だった。
俺の好きな、穏やかでキレイな顔――
「確かにそうだけど何か、なぁ……」
「謙遜することはないさ。もっとすごいことを言われたらどうしようって、内心思ったしね」
「山上に対して、そんな大それたことを、言えるワケないだろっ」
「やっぱりエロいこと、言おうとしていたんだ?」
「違うって、断じて違うから!」
力説した俺の顔を見て、いつものようにカラカラ笑う。
「放課後、委員会があるんだけど、終わるのが多分バスケ部が終わる時間に、上手く被ると思うんだ。玄関で待ち合わせな」
笑いを堪えながらそう言って、颯爽と教室を出て行った山上。
――誰にも言わないでくれると助かる――お前との秘密の共有……
その秘密は俺を落ち込ませるものなれど、逆に縛ることも出来る甘い鎖なんだ。
さっきまでシクシク痛んでいた胸中はどこへ行ったのか、俺の胸はドキドキしていた。
一緒に帰って、勉強するだけ。ただそれだけなのに、無駄に胸が高鳴る。
何かが起こりそうな予感がした。
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