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Imitation Black:引き寄せられる距離3

 とても美味しくて豪華な夕ご飯を戴き、山上の部屋に通された。   (無駄に心拍数が上昇する――顔、赤くなってないだろうか?)    ドキドキしながら部屋に入って、周りを見渡した。 「俺も山上を見習って部屋、きちんと掃除しよう……」 「僕ひとりだと、もっと荒れてるから。ヨネさんが全部、片付けてくれてるんだ」  感心しながらキョロキョロと、部屋の隅々を見てしまう。大きな本棚の中に、俺とは無縁そうな難しいタイトルの本が、たくさん並べられていた。  適当に一冊抜き出して、パラパラめくって中身を拝見。    む、ワケが分からない……山上ってば、こんなの理解しているのか?  本の内容に辟易しながら、さっきの話題の続きを口にする。顔の綺麗さと、部屋の綺麗さは比例しているんだなぁって思ったから。 「学校の私物だって、綺麗に整頓されてるじゃないか」 「それは、必要最低限の物しか置いていないからさ。置きっぱなしにしていたら、なくなるんだ」 「無くなるって、盗られるのかよ?」  手にしていた本を棚に戻し、山上の顔をじっと見た。俺の視線を受け、長い睫毛を伏せて少しだけ俯く。 「僕の物を持ってると成績が上がるとか、よく分からない噂があるらしい。まったく、迷惑な話だよな」 「それでこの大荷物なのか、納得した……」  部屋の片隅に置かれた、山上の鞄が三つ。帰り道あまりにも不憫だったので、ひとつ持ってやったのだ。 「松田って、気が利くよな」 「そうか?」 「痒いトコに、手が届くっていうか。さりげなく車道側を歩いたり、両手に持ってた鞄の重たい方を、わざわざ選んで持ってくれたり」 「鞄は、偶然だと思うぞ」 「そういうことにしておいてやるよ。さて、始めるか」  山上は沈んだ気持ちを払うように、無理矢理笑いながらテーブルを出して、教科書を開いた。向かい側に俺も座って、同じように教科書を開く。 「松田の彼女になるヤツは、きっと幸せだろうな」 「どうした、藪から棒に?」  俺が小首を傾げて山上を見つめると、寂しそうに微笑んだ。 「そういう思いやりが、著しく欠けているから。見習わないとなって、さ。僕みたいなズボラな男、すぐに振られちゃうよな」 「……唐突だけど、あの実習生と付き合ってるか?」    ふたりの関係を知ってしまった以上、聞きたくないけど知りたかった。  ――山上の好みは、どんなヤツなんだろうって。 「一度は断ったんだけど、縋りついてくるその姿に、何か憐みを感じちゃってね……」 「同情で、キスしたのか?」  思わず、強い口調で訊ねてしまった。俺の問いかけに一瞬だけきょとんとして、首を軽く左右に振る。 「彼の……左目にある泣きボクロと、声が好みだったから。いいかなって」 「へえ。好みだったから、やったのか」 「だけどあのとき、松田が飛び込んできてくれて、正直助かったよ。あのまま押し倒されたら大声を出しても、誰も気がつかないからさ」  眉根を寄せ困った顔をした山上を、微妙な表情で見つめた。  防音設備の整った視聴覚室。何かをヤルには、もってこいの場所だ、さすがは大人。って感心してる場合じゃない。 「さて、無駄話はこれくらいにして、そろそろ勉強始めないと。分からないところ、教えてくれる?」  山上はさっさと頭を切り替えて、勉強モードに入る。  プライベートな話をいろいろ聞けて、俺的には嬉しかったけど、正直複雑な心境も抱えていた。  ちょっとの憐れみと外見の好みで、簡単にキスをする山上――俺のイメージしていたものと、えらくかけ離れてしまったからだ。    その後勉強以外の進展がなく、この日はそのまま自宅へ帰宅した。

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