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Imitation Black:切ない別離7
***
「何か……日本の家って感じだな。お邪魔します」
「平屋だからだろ、よくサザエさん家みたいって言われる」
俺は笑いながら、山上を自宅に招き入れた。
「俺の部屋、そのまま真っ直ぐ行って、突き当たりにあるんだ。離れだから、静かなんだよ」
「離れ、ね。ふーん」
意味深な笑みを浮かべて、艶っぽく俺を見つめる眼差しに、わたわたしてしまった。いちいちそういう態度で右往左往してしまう、自分がハズカシイ……
「じ、じゃあ俺、茶菓子取ってくるから、机の上にあるファイルの採点、始めててくれよな」
まくし立てるように言って、慌てて台所に走った。
男気溢れる山上……マジで、危険な香りが漂っている。傍にいるだけで、ヤバいと感じるのだ。
何かイミテーションな山上の倍以上に、無駄にクラクラする。こちらを煽ってくるような視線だけで、きつく抱きしめて欲しくなるなんて。それだけじゃなく音楽室でされた、甘くて熱いキスをして欲しい――
俺はテーブルに置いてあったお盆を、意味なくぎゅっと胸に抱きしめてしまった。
『僕は松田に手を出さないから。だって嫌われたくないしね……』
嫌うはずないじゃないか、こんなにもお前を求めてるっていうのに。
『だけど僕は……最後に好きな人と、一緒に過ごしたいんだ』
あのとき、俺を好きって言ったけど、実際はどうなんだろう。
山上は、好きについて答えてはくれなかったから正直なところ、分からないままだった。
「お待たせ、採点進んだか? 結構間違ってるだろ」
ふすまを開けながら、山上の背中に問いかけた。
「いや、いい線いってると思うよ。よく頑張ったね」
振り返らず頬杖をつき、ファイルと睨めっこしたまま、澄んだ声で答える。
採点まだは、終わっていないようだった。
そっと背後に近づき、冷たい麦茶を机に置いた。
「有難う」
俺の顔を仰ぎ見ながら、山上が微笑んで言う。
その少し潤んだ瞳に、引き寄せられるように釘づけとなってしまった。
(このまま、お前にキスすることが出来たら……)
「松田――」
形の整った唇が、声を出さずに何かを告げる。
『キス、して』
それを難なく読み取ってしまった俺は、頬に熱を持ってしまった。
あまりの衝撃に、お盆に載せたお菓子を、バラバラと勢いよく床に落としてしまい……
ゴンッ!
焦って拾おうとした俺と山上は、互いの頭をぶつけてしまった。
「痛っ!」
「つっ! ごめん、大丈夫か?」
「最初から松田とは、痛い仲だから。僕の方こそ悪かった。拾うの手伝うよ」
苦笑いしながらお互い無言で、お菓子をせっせと拾いあげる。ラスト一個のとき、山上の手に俺が触れてしまった。
「ごめんっ!」
パッと手を避けようとしたら、瞬時に掴んで山上に引き寄せられる。
それは台所で想像した抱きしめ方で、息が止まりそうなほど強く強く、ぎゅっとされた。
「このままふたりで……逃げないか?」
「え……?」
「僕は、松田と離れたくない。分かったんだ、父親に東京行きを命じられたときに。お前のことが好きなんだって」
「山上……」
俺は震えている山上の肩に手を置き、そっと抱きしめた。まるで、消えて無くなりそうだったから。
「せめて卒業までは、ここにいさせてくれって頼んだんだ。だけどあっさり却下されてね、父親と初めて喧嘩したよ。ヨネさんには、随分遅い反抗期ですねって笑われたものさ」
「そうか」
「今まで誰かを、好きになったことがなかったから……。相手の好意を利用して、自分の欲望満たしていたから、全然知らなかった。松田に大嫌いって言われて、胸が張り裂けそうなくらい痛んで」
山上はそっと腕の力を解き、俺の顔を見つめた。
「そして転校が決まって、松田と離れ離れになるってときに、心が軋んだんだ。ああ、僕は松田が好きだから、こんなにも心が軋んでるんだって」
きつく眉根を寄せ、苦しそうな顔をする。不安そうに揺れる、瞳から視線が外せない。
「お前と離れたくない。だから一緒に消えよう?」
そら恐ろしいことを言いきる山上に、俺は首を横に振った。
「悪いが山上、それは出来ない。俺はここの跡取り息子だから、会社を継がなきゃならないんだ。それにお前の親父、警察関係者だろ。逃げたとしても、簡単に捕まっちまうと思うぞ」
「そうだよな。無理な話、だよな……」
「俺は山上のこと、好きじゃない」
俺の言葉にショックを受けた顔して目を見開いてから、ガックリと俯く。
「大好きだから……。俺だって正直、離れたくないんだ」
「ほん、とうに?」
信じられないといった様子で、俺にしがみ付く。
「ああ。これが一緒に過ごせる、最初で最後の日。お前のブラックで、俺自身を染めてくれ」
「松田……いいの? 嫌ったりしない?」
「俺は大好きだと言ったんだ。山上のその想い、俺にくれないか? 忘れないように……」
お前の持つ漆黒で、俺を染めて欲しいと強く思った。その想いをこめて、山上の唇に自分の唇を重ねる。
唇を吸うように、そっとキスをした。
俺たちの愛は常識やモラルでは考えられない、許されない愛だろう。でも偽ることは出来ない。これが歪んだ愛だとしても、やっぱり山上が好きだ――
「やっぱり、はつ恋は実らないものなんだね。それとも、罰を受けたのかな……」
唇を離すと、ポツリとこぼした山上。
「どうした?」
「ん……。折角誰かを……松田を好きになることが出来たのに、分かった途端、離れ離れなんてさ。今までやってきた行いの、報いなのかなって」
「俺も恋愛感情で、男を好きになったことがないから、はつ恋になるんだろうな。最後に両想いになったっていうのが救いだけど」
俺が山上を見つめると、切れ長の一重瞼を細めて、じっと見つめ返してくれた。まるで、眩しいものでも見るかのように。
「松田はいちいち、可愛いことを言うよね。僕を、煽ってるとしか思えない」
そう言って、床に俺を押し倒す。間髪おかず、深く唇を合わせてきた。
キスしながら俺のワイシャツのボタンを、震える手でやっと外していく。
「山上……?」
「やだな。今頃、緊張してきた……」
苦笑いをする山上の手を、ぎゅっと強く握ってやる。
「大丈夫だから。俺はお前のこと、嫌いになったりしないから、思いっきり抱けよ。欲望の赴くままに」
「松田……ありがとう」
目を赤くさせながら、はだけたワイシャツから、そっと俺の首の付け根を触る。
「まだ音楽室で付けた口痕、残っていたんだな。何か嬉しい、松田が僕のモノみたいで……」
「何言ってんだ。俺は一年のときからずっと、お前が好きだったんだぞ」
「そうだったんだ。僕はてっきり、同じクラスになってからだと思っていたから」
「山上のモノだよ、俺は。好きなだけ口痕、付けろよ」
俺が言うと同じ場所に、前回よりも強く噛んで、口痕を付ける。
「いっ……!」
「好きなだけ、付けていいって言ったんだから、覚悟しろよ。痛いって喚いても、途中で止めないからな」
「えっと、やっぱ、ほどほどで……」
「男なら、一度言ったことは守れよな。外にも中にも俺の痕を付けて、忘れられないようにしてやる」
怖気ずく俺に、さっきまでの緊張はどこへやら、山上は果敢に責める。
首筋を下から上へ唇を滑らせたと思ったら、左耳たぶを甘噛みした。
「んんっ……」
何とも言えない快感が体に走って、鼻から抜けるような、甘い声が出てしまう。
「松田、僕は忘れないよ。お前を好きになって、本当によかった……」
耳元で優しく告げられる言葉に、俺は思わず泣いてしまった。
俺も山上を忘れない。
漆黒に俺を染めていく、お前を忘れたりはしない。最後に告げられたこの言葉を胸に抱いて、しっかりと生きていく。
そう思ったのだった。
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