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Scarface:突然の出逢い5

***  その日の夜はいつもより遅い、午後十時過ぎに帰宅した昴さん。どんなに遅く帰ってきても、俺の作ったご飯を必ず食べてくれる。 「竜生、いつも言ってるだろ。遅くなるときは、先に飯食ってていいって。変なトコに律義だよなぁ」  昴さんは美味しそうにご飯をもりもり頬張りながら、済まなそうにポツリと呟く。 「俺一人で食べたら、昴さんの分まで食べちゃうかもしれないし……」  ご飯を食べているのに、視線を逸らしながら妙な言い訳をしてる俺。一人で食べるのがつまらないからとは、口が裂けても絶対に言えない。 「作らせた上に待たせるなんて、俺は酷い男だよなぁ」  こういうくだらない会話ができるのも、今となっては楽しみの一つになっていたりする。前まではこんなふうに、誰かと一緒につるむことなんてことをしなかった。目が合えば、まずはケンカばかりだったから。   (俺のつり上がり気味の、キツい一重瞼のせいだろうか――) 「このおかず、美味いな」 「そうですか、どうも……」 「頬が赤くなってる。照れちゃって、可愛いねぇ」 「照れてないし……。変なこと言うの止めて下さい」  ストレートにいつも誉めてくれるのは有り難いけど、どう返答すればいいのか未だに困ってしまう。 「竜生、真っ赤な顔して慌てて飯を頬張ったら、喉に詰まるんじゃないのか?」  クスクス笑いながら指摘する言葉に、悪意がないのはわかってるんだけど、どうしても素直になれない自分がいる。 「うっせぇな、大きなお世話だよ」 「そういう態度も、わかりやすくていいねぇ。反抗期真っ只中の中坊みたいで」  昴さんは手を合わせて丁寧にご馳走さまをして、食器を台所に運んでくれた。俺は相変わらず、ご飯を口の中で噛み砕く作業中。喉を詰まらせないよう注意しながら。    そんな俺を一瞥した昴さんは意味深に笑って、ソファの上で横になる。 「そんなところで寝るなら、さっさと風呂に入ってベッドで寝ればいいのに」 「そうなんだけどさ、満腹で幸せな自分を噛み締めたいんだ。毎日美味い飯を食って、こうやってゴロゴロした記憶がないから」 「……そうですか」    俺は昴さんの過去を知らない。昴さんも必要以上に訊ねたりしないので、お互い妙な距離感があった。    ダイニングテーブルから昴さんの様子を黙って見ていると、そのまま寝てしまったらしい。耳に聞こえる寝息で、それを悟ることができた。    さっさとご飯を飲み込むと、食べた食器の後片付けすべく台所に立った。勢いよくお湯を出して、食器をジャブジャブ洗っている最中に、後方にいる昴さんがなにか言ってるのが聞こえてきた。    俺に話しかけてるのかと思って振り返ると、眉間にシワを寄せながら、うなされている姿が目に飛び込み、食あたりなのかもと内心焦った。慌てて水道を止め、タオルで手を拭って、急いで寝ている昴さんの傍に近づく。 「昴さん……?」    顔を寄せて大きい声で呼び掛けたけど、夢に囚われてるのか、全然気づいてくれなかった。 「済まなかった、本当はおまえが……」  そう言いながら、つらそうに顔を歪める。その姿に胸が痛くなり、肩を掴んで揺さぶってみた。 「昴さんっ! しっかりして、大丈夫?」 「山上、好きだ……」  うっすら目を開けて俺の首に両腕をかけると、勢いよくグイッと引き寄せてキスをする。 「んんっ!?」     (昴さん、寝ぼけてるのか!?)    口の中に割って入ってきた舌にギョッとして、右拳でガツンと強く頭を殴ってやる。 「痛っ……、なんだぁ?」 「なっなっ、なんだぁじゃないよ。いきなり俺に、キスしてくれちゃって!」  ぼんやりしている昴さんを見ながら動揺しまくって、袖を使って唇を拭った。激しく拭ったけど口の中には、昴さんがもたらした艶かしい感覚が、これでもかと強く残っていた。俺の舌を捕らえるように柔らかく絡める動きに、思わず感じてしまった。 「ああ、悪い。またやってしまったのか……」  半身だけ起き上がり、頭を左右に振った昴さん。 「またって……、夢と現実がごっちゃになるのかよ?」 「疲れると、よくそうなるみたいなんだ。これのせいで、前にいたヤツは出て行った」 「そりゃ出て行きますよ。誰かに間違われた上にあんなことをされれば、キズつきますもん」  俺が困った顔をすると、昴さんは深いため息を一つつく。 「竜生もキズついた?」 「キズついたよりも、ビックリした。男同士でキスするなんて、あり得ないんだから」 「おまえは俺のこと、なんとも想っていないのか?」    切なそうな表情を浮かべながら、横たわったソファから俺を見上げる。 「えっと、昴さんには感謝してますよ」 「そうじゃなく。俺のことが好きかどうか、知りたいんだけどなぁ?」 「キライなヤツにご飯作ったり、世話したりとかしないと思うけど……」    視線を左右に忙しなく動かし、Tシャツの裾を意味なくにぎにぎと両手で弄ってしまった。もしかしたら、顔が薄っすら赤くなっているかもしれない。 「俺は、恋愛感情で竜生が好きだ」 「ちょっ、バッ……。なに言ってんだ。俺は男だし、昴さんよりもかなり年下の、頼りないヤツなんだぞ」  ストレート過ぎるカミングアウトのせいで、言いたいことが上手く言葉にならない。    俺のたどたどしい返答に昴さんはふわりと笑いながら、少しだけ肩を竦める。 「男だから、なんだっていうんだ? 確かにおまえはかなり年下だけどな、そんなの関係ないね」 「関係ないねって言われても、すっごく困る……」 「本当はもう少し、距離を縮めてからと思ったけど、俺もそろそろ限界。好きなヤツが目の前にいて、手を出せないっていうのは、すっげぇつらいんだからな」  口元だけで艶っぽくニヤリと笑い、身を翻して寝室に消えた。そして片手に、見慣れないボトルを持って戻って来る。その展開の早さに、ぼんやり呆気にとられていると――。 「さて……」      昴さんにいきなり一気に距離を詰められたので、慌てて一歩退いた。そんな俺の左腕を捻りながら、手首になにかをガチャリと嵌める。 「ちょっ!?」  言葉を発する間もなく、リビングにある柱へ強引に連れて行くと、もう片方の手首にも、冷たい金属の輪っかが嵌められてしまった。 「なんだコレ、手錠?」  嵌められた両手首を、意味なくガチャガチャ動かしてみる。当然しっかり固定されてるので、外れるワケがないんだけど、抵抗せずにはいられない。    昴さんは焦って外そうとする俺を冷たい視線で見下ろし、質の良いネクタイをシュッと、首から外しながら、 「ヤクザの愛し方を竜生、おまえにたっぷりと教えてやる」  三白眼から放たれる熱を帯びた視線に、身体中の血液がザッと引いた。青ざめるなんていうレベルじゃない。   (この状況、ナニをされるのか一目瞭然だろ。俺は昴さんに犯される……)    冷たい手錠が細かく、カタカタと音を立てて鳴り響く。素っ裸になった昴さんが俺に跨がって、両手で頬を優しく包み込んできた。 「好きだ、りゅ」 「違うっ! 昴さんが好きなのは俺じゃない、山上ってヤツなんだ。だから夢を見て、あんなふうにうなされるんじゃないのか?」  怒鳴った俺の言葉を聞き、それまで浮かべていた笑みを消し去って、見る間に不機嫌になった。眉間にシワを寄せながら、目を細めてじっと見下ろす姿は、図星をついてるとしか思えない。 「山上とは、とうの昔に終わってる関係だ。おまえに、とやかく言われる筋合いはない」 「俺を、山上の代わりにしようとしてる……」    不機嫌丸出しの昴さんに対抗して、俺も必死に睨み返した。 「山上とおまえは全然違う。竜生自身が好きなんだ」  顔を歪め苦しそうに呟くと、何も言わせないようにするためなのか、強引に唇を合わせる。強引なクセに割って入ってきた舌で、優しく俺の舌を絡めとった。そして俺自身を味わうかのように、口内のあちこちを執拗に刺激して、どんどん感じさせていく。    首を動かして抵抗を試みたが、頭を両手で掴まれ、手錠よろしく固定されたので、びくとも動かない。 「くっ、やめ……」    キスの合間に最後の抵抗すべく、やっと言葉にした。そんな抵抗しまくり俺を、昴さんはどこか愛おしそうに眺めてから、残忍な笑みを浮かべた。 「いいねぇ、その顔。俺のドS心をすごくそそるよ。ドキドキする」 「やめろ……」 「その鼻っ柱をへし折ってやるよ、快楽の海に沈めてやるから」  耳元に聞いたことのない酷く掠れた声で告げると、俺のTシャツを捲り上げ、ジーパンを下着と一緒に下ろした。    俺の気持ちを全部無視して、強引にコトを成し遂げてしまった昴さんを、俺はやっぱり嫌いになれなくて――最初は拒絶していた心も、昴さんが普段見せたことのない、幸せそうな表情にいつの間にか、俺まで満たされてしまった。 「奪うやり方しか知らないから……。でも俺は本当に、おまえが好きなんだ」  快感に打ちひしがれる体をぎゅっと抱きしめながら、耳に染み込むような声色で告げる。 「愛してる竜生。ありがとう……」    最後は消え入りそうなで声で言い終えてから、力なく俺の体の上に倒れ込んだ。    それはまるで、これから昴さんが消えてしまいそうな予感をさせる言葉に思えたのは、気のせいなんだろうか?

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