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Scarface:待ち焦がれる時間

「……来ない。騒がしくない朝は、超久しぶりかも」  昴さんに拉致られた当初と同じ、静かすぎる朝に安堵のため息をついた。    昨晩もその前の朝晩も、ほぼ毎日襲われ続けた俺。正確ではないが二週間近く、精力を吸い取られ続けている。 「昨夜の行為の後に、一気に底が尽きました。っていうガラじゃないよな。急に具合が悪くなって、起き上がれないとか……」  勢いよく布団を跳ね退けて、向かいにある昴さんの部屋に、ノックしないで飛び込む。俺の目に映ったのは、デカいスーツケースに丁寧に畳まれた服を仕舞っている、昴さんの姿だった。    いきなり入室したというのに、驚くでもなく、淡々と作業しながら、 「おはよう竜生、マヌケ面してどうした。襲いに来てくれたのかぁ?」  いつも通り三白眼を細めながらふわりと笑うと、わざわざ手を止めて俺の顔を見上げる。   (この顔されると、どうしていいかわからなくなる。初めて逢ったときからそうだった。だから素直に従ってしまうんだ) 「おはようございます。いつも俺の部屋に来るのに、来ないから変だなって思って。もしかしたら具合が悪くて、寝込んでるかもって……」  意味なく着ているTシャツの裾をもじもじ弄りながら、伺うように昴さんの顔色を眺めた。 「あ~、悪い。仕事が忙しくてな、三日間地方出張なんだ。昨日の内に準備しておけば良かったんだが、家に帰っておまえの顔を見ちまうと、優先順位変わるんだわ。困ったもんだよなぁ」  いい大人なのにさとクスクス笑いながら告げると、洋服を手に取り、再びスーツケースに入れていく。    ぼんやりその様子を見ながら、ふと考えてしまった。三日もいないんだ、今まで四六時中一緒だったから、寂しくなるだろうな、なんて。 「昴さん、なにか手伝うことはありませんか?」  俺の申し出に昴さんは意外そうな顔をして、首を小さく横に振った。 「ほとんど終わってるから大丈夫だ。竜生、ありがとうな」  バタンとスーツケースを閉じて立ち上がり、そのまま玄関に向かう。 「あの、朝ごはんは?」    出て行こうとしてる大きな背中に投げ掛ける場違いな俺の言葉は、その場に漂う空気に溶け込み、一瞬で消えた。いつも触れてくれる昴さんの手には、スーツケースとスマホが握られ、その気配すらない。触れられるのがイヤだったハズなのに、それがないと思うと、妙に味気なく思えた。 「本当は食べたいんだが、時間がなくてな。帰ってきたら美味いの頼む」  俺に背を向けたまま靴を履き、深いため息一つをついた昴さん。こっちに顔をいっさい向けずに、淡々と喋りだす。 「竜生もしも……この生活がイヤなら、出て行っても構わない。そのときは事務所に、鍵を置いていってくれ。じゃあ行ってくる」  振り返らず出て行こうとした背中に、思わずぎゅっと抱きついてしまった。自分から抱きついた行動に、内心えらく驚く。   (……勝手に体が動いた。なんでだよ――) 「どうした? 寂しくなったかぁ?」  昴さんは顔だけで振り返り、呆れたように俺を見る視線がつらかった。 「寂しくなんか、ない……。居なくなって清々する」 「そうだよな。俺の世話をしなくて済むし、出て行けば自由だ」 「……出て行かないよ俺、ここで待ってる」  俺の言葉に、三白眼を大きく見開いて固まった。 「な、なにを言ってんだ。無理しなくていいんだぞ?」 「無理してねぇよ、帰って来たら美味い飯が食いたいんだろ? 作って待ってるから、昴さんのこと」 「おまえってヤツは……。我慢してる俺を、どうして簡単に煽るんだっ!」  いきなり玄関のドアを苛立ち気に蹴飛ばし、スーツケースを投げ捨てるように床に放ると、ビビって後ろに退いた俺の体に、ぎゅっとしがみついた。 「竜生、飯を作って待ってるなんて、そんなこと言うなよ……。俺のワガママに、おまえが無理やり付き合わされてるだけなのに」 「それでも昴さんのために俺のできることがあるなら、してあげたいって思うんだ。これは俺のワガママなのかもしれないけどさ」  強く抱きしめた体から、体温と一緒にシトラス系の香りがした。その香りを愛しく思いながら、そっと吸い込む。 「竜生、行ってらっしゃいのキスして。おまえから欲しい」  昴さんはねだりながら俺の首に両腕を絡ませて、眼を閉じて待つ。ドキドキしながら、目の前にある唇に目掛けてキスをした。    ――いつも俺を感じさせる、昴さんの温かい唇――    そして舌をねじ込みながら、貪るように絡ませた。昴さんの香りも体温も、全部感じたいから。 「んっ……」    鼻から抜けるような甘い声を出す昴さんが、可愛くて仕方がない。その体をもっと強く抱きしめようとして力を入れたら、俺の首に絡んでいた昴さんの片腕が頭に移動して、髪の毛を鷲掴みにし、無理やり引き剥がした。 「バカ……。これじゃあ仕事、行けなくなるだろ。マセガキがっ!」  頬を赤らめ、ギロリと睨むその視線は凄みがまったくなくて、むしろ……。 「昴さん、可愛い」  思わずぽつりと呟いた言葉に、俺の頭を思いっきりグーで殴ってから、 「行ってくる! 浮気するなよ竜生」  頬を赤く染めたまま、不機嫌丸出しで慌ただしく出ていった昴さんの背中を、見えなくなるまで笑いながら、しっかりと見送ったのだった。

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