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Scarface:待ち焦がれる時間2
***
今までずっとひとりきりだったので、昴さんがいなくても平気でいられると思っていた。しかもたった三日間、あっという間だろうと高をくくっていたのに――。
「ちょっとこれ、見てくださいよ。すば……」
思わず、昴さんの名前を出してしまった自分。テレビを見ていたら、昴さんが好きな芸人がたまたま面白いネタを披露していた。いつも一緒に腹を抱えて、ゲラゲラ笑っていた名残で、思わず昴さんを呼んでしまった。
「なにやってんだよ、もう!」
頭をグチャグチャと掻きむしり、慌ててテレビを消した。途端に静まり返るリビングに、虚しさが心の中に一層広がる。俺の横にいるときの昴さんはピッタリと体を寄せて、肩口に頭を乗せてくつろいでいた。
ひとりきりのソファの左側にいるはずの昴さんの重みがなく、肌寒い感じがするのは気のせいじゃない。
(こもってばかりいちゃ駄目だな。外に出て、ちょっとブラブラしてこよう)
ここにいるとどうしても、昴さんの残像を捜してしまう。ウザかったはずなのに、今となっては愛しいと思える人の姿を――。
家から出てエレベーターに乗り、ぼーっとしてる間に一階に到着。音もなく扉が左右に開き、どこに行こうかとぼんやり考えながら一歩踏み出したときに、その人が自然と目に留まる。目の前に、カッコイイ初老のじいさんが立っていた。
白髪まじりの頭をオールバックにし、細身の体にダークグレーのスーツをビシッと着こなしていて、その背後には昴さんに負けるとも劣らない凄みのある人たちが、ずらっと大勢控えていた。
物々しい雰囲気に慌ててエレベーターを降り、凄みのある人たちの背後に移動しつつ、しっかりと頭を下げる。
(――きっと事務所のボスであろう、そうに違いない!)
「おまえは、昴んトコで飼ってるシャム猫か?」
いきなり声をかけられて、固まってしまった。しかもシャム猫って、いったいなんだ!?
「コラッ! 親父さんに聞かれてるだろうが。きちんと答えんか!」
すぐ傍にいるコワイ人が睨みながら怒鳴ったので、どうしていいかわからなくなり、体が大きく震えてしまった。なにか言わなきゃならないのが頭でわかっているのに、口の中が妙に渇いて、声も出ない状態だった。
(昴さんの同僚、みんなそろって怖すぎる……)
「怖がらせるんじゃねぇよ、バカ! 人を見てちゃんと判断しろって、いつも言ってんだろ」
初老のじいさんが図太い声で言い放ったけど、俺のことをじっと見た目は、なぜか優しくて、その目は初めて昴さんと逢った時に見た目と、同じように感じた。
その目を見た途端に緊張感から解き放たれ、言葉が素直に出せる気がしたので、思いきって口を開く。
「あの、昴さんのところでお世話になってます、森田 竜生と言いますっ!」
しっかり大きな声で言い放ち、再びしっかりと頭を下げた。そんな俺に優しい声をかけてくれる、初老のじいさん。
「昴からいろいろ聞いてるぞ。おまえの作る料理が美味いってな」
「そうですか……」
「もうすぐ昼めし時だ。ちょうど腹が減ってるから、なにか作ってくれ」
「えっと、今すぐでしょうか?」
冷蔵庫の中にある食材を一生懸命思い出しながら、恐るおそる聞いてみた。
「ああ、今すぐ食いてぇな。悪いが作って、事務所まで持ってきてくれ」
言いながら、エレベーターに乗り込む。俺と目が合いふわりと柔らかく笑った瞬間、エレベーターの扉が閉まった。
「てめぇ、親父さんに変な物を食わせたら、ただじゃおかないからな!」
初老のじいさんがいなくなった途端に、俺の周りに凄みのある方々が取り囲みながら、毒を盛るなだの不味いの作るんじゃねぇよだの、散々言いたいことを言って脅してくる。
内心ビクビクして体を小さくしながら、だけどハッキリとした声で告げてやる。
「昴さんのツラに、泥を塗るような真似をするつもりはありません。精一杯美味いものを作ってみせます!」
とは言ったものの……冷蔵庫の中は、予想通りすっからかん。昴さんがいない上に俺一人だったから、買い物に行ってない状態だった。
「うーん、なんとかチャーハンと卵スープが作れる程度だな」
腕まくりをしながら、包丁をぎゅっと握った。自然と肩に力が入る――。
(初めて昴さんに食べてもらったときよりも、やっぱ緊張するな……)
不味いなんて論外、粗相があってはならない。いつも適当に切っていた野菜も、丁寧にみじん切りにしていく。調味料もきちんと量って下準備した。
「よしっ! 気合を入れて焼いていこう」
卵スープは既に完成させていたので、あとは火力が命のチャーハンのみ。温かい物を提供しなきゃならないので、手際よく炒めていった。パラパラになるまで炒め、味見をしてみるといい感じの出来具合に、思わず笑みが零れる。早速お椀を使いキレイな円形を形成して、慎重にお盆に載せた。
一緒に温め直した卵スープも載せて、勢いよく家を飛び出し、颯爽と事務所に向かった。
「失礼しますっ!」
事務所のドアを開けると、いかにも下っ端という感じの男が、あ゛あ゛? という感じで、じっと睨みを利かせてくる。
「あの、親父さんに頼まれて、昼飯作ってきたのですが」
内心、ビクつきながら訊ねてみた。
みんなから親父さんと呼ばれていた初老のじいさん。間違いなくここのボスだからこその、こういう対応なんだろうな。
「こっちに運んでくれ」
下っ端の隣にエレベーター前で文句を言ってきたヤツが、顎で扉を示したので、ありがとうございますと一応礼を言いながら会釈し、急ぎ足でその扉に向かった。
ドキドキする胸を隠して、ノックする。中からダルそうな声が聞こえた。
「誰だ?」
「あの、森田です。昼飯作って持ってきました!」
「早いじゃないか、入ってくれや」
わざわざ扉を開けてくれた親父さん、にこやかな笑顔で出迎えられてしまった。
「し、失礼します!」
顔を引きつらせながら恐るおそる中に入り、中央にあるテーブルに作ってきた物を静かに置いた。そして持っているお盆を小脇に抱え、出て行こうと一礼したら、
「待て、そこに座れや」
親父さんの向かい側にあるソファに誘導され、隅っこにちょこんと座ることになってしまった。顔色ひとつ変えずに黙々とチャーハンを食べる姿を、不安な眼差しでじっと見つめるしかない。
『お味、いかがでしょうか?』
なんて自分から質問したかったけど、高級感漂う部屋の雰囲気にやられてしまい、うまく言葉にならない。膝に置いたお盆を、ぎゅっと握り締めるのが精一杯だった。
「竜生、だったか?」
半分くらい食べたとき、ふいに声をかけられた。その声に心臓が跳ね上がり、おどおどしながら返事をする。
「は、はい。そうです」
「この飯も汁物も、いい味してる。料理屋に勤めてたのか?」
「はい。ちょっと前に中華街のお店で、短期間ですが働いてました」
(良かった……。沈黙が長かったから、不味いのかと思った)
「昴が入れ込むのが、わかる気がする。飯でアイツの心を掴んだんだろ?」
「そんなつもりは全然」
「謙遜するんじゃねえよ。しっかり俺の胃袋も、鷲掴みされたから」
「は?」
きょとんとする俺に、ゲラゲラ大声で笑う親父さん。
「今までもな、昴の元に何人か付き人が居たんだが、すぐに居なくなっちまってよ。理由を聞いても、誰もなにも言わねぇし」
「あ……」
「おまえさん、何か知ってるのかい?」
卵スープを口にしながら、さりげなく訊ねてくる。
(――山上のこと、聞いてみようかな……)
「昴さんが俺の前に居たヤツを、山上と間違えて襲ってしまったとかなんとか。詳しくは聞けなかったんですが」
親父さんの顔色を伺いながら、ぽつりぽつり話してみた。山上という名が出た瞬間、一瞬だけ眉根を寄せたように見えたのは、気のせいじゃない。やっぱり、なにかあるんだろう。
「昴のヤツ、まだ諦め切れないんだろうなぁ」
親父さんは食べ終えた皿にスプーンを静かに置いて、腕組しながら深いため息をついた。
「あの……山上っていうのは?」
なにか深く考えてるらしい親父さんに、怖々と聞いてみる。本当は昴さんの口から直接聞きたかったけど、俺が触れてはいけない問題のような気がして、ずっと聞けずじまいだった。
「昴のヤツとうまくやってる、おまえなら大丈夫か。逆に知っておいた方が、いいかもしれんな」
苦笑いしながら椅子に座り直し、俺の顔をじっと見つめる。ゴクリと喉を鳴らして、緊張しながら親父さんをじっと見つめ返した。
「昴は他所の組の、組長の息子だった男なんだ。自分トコの家業を継ぐのがイヤで反発ばかりしていたと、ヤツの父親と懇意にしてた俺に、よくこぼしていたよ」
「そうなんですか。組長の息子だったんだ……」
「大学生になってから、ますます家に寄り付かなくなったらしくて、ついには行方不明。敵対する組の者に拉致られたと思って、当時はそりゃあ大騒ぎしてな。そんな矢先だった、父親が逮捕されたんだ」
「……なんだか、悪いタイミングが重なったんですね」
首を傾げると、さぁなぁと一言呟いた親父さん。
「自分が男と一緒に逃避行している間に、父親が逮捕された。その男の親が警察庁のお偉いさんなのが、偶然なのか必然なのか」
「警察関係者? それって……」
「まるで、ロミオとジュリエットみたいだろ? 一気に燃え上がった恋の火花は、花火のように咲き乱れ、呆気なく鎮火したのさ。父親の逮捕劇でな」
俺は顎に手を当てて考える。昴さんは寝ぼけながら、だけどはっきり言っていた。
『済まなかった、本当はおまえが……山上、好きだ……』
そう言葉にしていた。だけど昴さんが山上に謝る理由って、いったいなんだろう?
「父親が逮捕されてすぐに、昴は自宅に戻ってきたそうだ。嫌っていても父親の逮捕は、昴の中で相当ショックだったらしくてな。組長の逮捕により、組は解散に追い込まれたんだ」
目を伏せながら淡々と語る親父さんに、それ以上詳しく聞けなかった。聞けないもう一つの理由は、俺の心が無性に痛んだから。未だに忘れることのできない昴さんの恋心を、知りたくないと思ったからだった。
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