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貴方が残してくれたもの番外編:落ち着かない日
在りし日の山上先輩と水野のバレンタインをお送りします。
***
――20xx年2月14日、火曜日――
いつもと変わらない朝、いつも通りに署内に出勤して、3係に行くと……
「あれ、山上先輩。今日は非番じゃなかったっけ?」
捜査一課の入り口から入って、一番奥にある3係。一番奥にあれど、山上先輩はいろんな意味で目立つので、すぐに分ってしまうのだった。
いぶかしく思いながら近づき、それが必然的に目に留まる。山上先輩のデスクが、いつも以上に大変なことになっていたのだ。
山積みになっている捜査資料の上には、大量のチョコレートが、これでもかと置かれている状態。
それを目の前にして腕を組み、憮然とした表情の山上先輩。朝からこの態度は、非常に声をかけにくいなぁ。
「ぅ……あの、おはようございます。すごいですね」
もしかして、こうなることを見越して非番だったけど、出勤してきたんだろうか?
「おはよ、水野」
横目で俺を見て、挨拶はしてくれたけど声色は硬いまま。さて、どうしたらいいかな――
「なぁ、これどう思う?」
「ど、どう思うって、その……」
挨拶と一緒にすごいって指摘したのに、その答えじゃダメなのか。ここは素直に、妬いた方がいいのか!?
「朝来たら、毎年これなんだよ。僕のはデスクに置かれてるから、まだいいとしても、関なんて監察室の前の廊下に、直置きされているらしいぞ」
「へえ、すごいですね……」
チラリと自分のデスクを見るが、なーんにも置かれてはいない、キレイさっぱり状態。どうせ、俺はモテないし(涙)
「食べない上に、返事もしないっていうのに、毎年ご苦労さんだなぁって思ってさ」
「えっ!? 食べないんですか?」
「ああ、危険だろ。毒入りチョコだったらどうするんだ。こういうのは叱られた時用として、デカ長に袖の下で渡すものなんだ」
あの、警察署内で毒入りチョコを渡すコなんて、いないと思いますけど。しかもそれを、平然とデカ長に渡すとか――
「ムダに敵が多いと、こういう行為も気をつけなきゃならないんだ。怖い怖い」
肩を竦めて、苦笑いを浮かべる山上先輩に、何て声をかけていいか分からない。大変な仕事を抱えているけれど、俺はそれを手伝うことが出来ず、傍で指をくわえてるしかなくて。
だけど少しでも、心だけでも寄り添ってあげられたらいいなって、いつも考えているんだ。
「あの山上先輩、これ受け取って下さい」
本当は、仕事が終わったら山上先輩の家に行って、直接手渡そうと思っていた。
「水野、これは?」
手渡したそれと、俺の顔を見比べてくれる。何だかテレてしまうな。
「何のチョコが好きか分らなかったので、無難な不三家のハートチョコです。勿論、毒は入ってませんよ」
すると、デスクの引き出しを開けて押し付けるように、何かを手渡してきた。
「僕が今日来た用事は、実はコレだったりする」
「もしかして――」
「ああ、しかも水野とチョコがお揃いとか、どんだけ愛し合ってるんだろうって、大笑いしたいくらいだ」
大笑いどころか、泣き出したいくらい嬉しい出来事なんだけど!
「おいおい。そんなデレっとした顔してると、デカ長に突っ込み入るぞ」
「だって、嬉しくって」
「まったく……。可愛いね、僕の水野は」
呆れた顔して立ち上がり、素早く唇にキスして、耳元でそっと囁く。
「今夜一緒に、チョコ食べような。待ってるから」
吐息交じりのハスキーボイスが、耳に届いたと思ったら、颯爽と帰っていく後姿。
――相変わらず、何をやってもカッコイイ////
ときめく恋心を隠しながら、この日は一生懸命に、仕事に勤しました。
仲良く肩を寄り添って、チョコを食べる姿を想像しながら――
おしまい
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