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貴方が残してくれたもの番外編~熱想~
水野刑事恋の捕り物劇シリーズ【落としてみせる】の作中で、受験勉強するのに水野刑事の家へ、一緒に行った翼。
疲れて寝てしまった水野刑事に断りもなく、勝手に持ち物チェックをしたら、警察手帳に挟まれていた2枚の写真。一枚は自分のもので、もう一枚はどこかの居酒屋で撮られた、水野刑事と仲睦まじく並んでいる山上刑事のものだった。
その写された写真の情景を、お話にしてみました。
この想いからすべてがはじまり、そして終わっていく――本当のラスト・ラスト。
***
「初めて外で、一緒に呑む機会が出来たのに何だその、見るからに不満げな顔して」
そんな顔もどうしてだか、可愛く見えるんだよなー。なぁんて言いながら、熱燗を美味しそうに口にした山上先輩。
年末一斉取り締まり期間で忙しくなる前に、特捜3係一同で、早めの忘年会をしていた。
「いつになったら俺はまともな仕事が出来るのかなって考えたら、幸先不安にもなりますよ。今日だってドジして、山上先輩に叱られちゃったし……」
横目でチラリとその人の顔を見て、ぶーたれながら、生ビールをゴクゴクと一気飲みした。
「大丈夫だって。僕の言うことをちゃんと聞いたら、何でもこなせるようになるから。さりげなく、フォローしてやってるだろ」
言いながらテーブルに置かれた俺の右手にそっと、左手を絡める。手だけじゃなく、俺の全てを包んでくれる、大きくて温かいてのひら。
その温かさで包み込まれると波立ってた気持ちが、それだけで簡単に癒されてしまう。単純な俺の心を知っているから、簡単に宥められてしまうんだよなぁ。
でも人前で堂々と手を握りしめるって、どうなんだろって内心思いつつも――正直嬉しくて、口元が緩んでしまう。
そんなことをぼんやり考えてると、目の前で眩しくフラッシュが光った。
「やりぃ! 坊っちゃんをカメラに納めたり!」
向かい側のテーブルにいた上田先輩が、一眼レフのデジカメ片手に、嬉しそうにはしゃいでいる。
「だって水野が僕の写真を欲しがったから、しょうがなく撮られてやったんですよ」
半ば、ヤケになりながら言う。ものすごく写真写りが良さそうなのにも関わらず、山上先輩は一枚も、自分の写真を持っていなかったのだ。
理由を聞いたら、寿命が縮むとか肖像権の侵害がどうのと、ワケの分からないことを並べ立てる始末。
「――ミズノン、坊っちゃんの写真を強請ったのか? どんだけ仲がいいんだよ、お前ら」
言いながら、顎で俺たちの繋がれている手元を指した。急に恥ずかしくなって引きかけた手を、ぎゅっと握りしめる山上先輩。
「めちゃめちゃ、仲がいいんですよ僕たち。上田さん、妬いてるんでしょ。何かにつけて、ミズノンミズノン言ってますよね?」
「先輩が後輩に仕事を頼んで、何が悪いんだよ。ミズノン、写真欲しい?」
切り返すように話を振ってきた上田先輩に、コクンと素直に頷いた。嬉しさで思わず、笑みがこぼれてしまう。
「山上先輩の写真持ってたら、厄除けになりそうな感じがするので、ぜひ欲しいです」
「ププッ、厄除けだってさ。さすがはお前の相棒だわ、言うことがいいねぇ」
「もっと違う、言い方なかったのかよ。マジで可愛くないな」
折角我慢して撮られてやったのに。と文句をブーブー言い出した。
参ったなぁ……一度こうなると機嫌を立て直すのに、えらく時間がかかるのだ。
「コラッ! いつまで山上とイチャイチャしとるんだ水野っ! こっちに来て、酌をしないかっ!」
いい感じに出来上がったデカ長が、上座から俺を呼んだ。
――ナイスタイミング!
「すみません。デカ長が呼んでるんで、席を外しますね……」
たじたじしながら立ち上がろうとした俺の右手を、引き留めるようにぐいっと掴んだ。
「山上先輩?」
「――お前、酒が弱いんだから呑まされるなよ。注がれる前に、どんどん酌をしていけばいいから。分かったか?」
「あ、はい。有り難うございます」
「酔っ払って寝込んだら、ここに置いて行くから」
さりげなく釘を刺して、手を離した。心配そうに俺を窺いみる視線に、胸が熱くなる。
「山上先輩も、あまり呑みすぎないで下さいね。おぶって帰るの大変なんですから」
真似をして、同じように釘を刺しておく。何だかいつもより、ピッチが早い気がするんだよな。
後ろ髪を引かれつつ、デカ長の待つ上座に向かった。
「何かお前ら、夫婦みたいだな。愛情溢れるやり取り、ご馳走さん」
上田さんが苦笑いしながら、僕と去って行く水野に、それぞれ視線を向ける。
「さっきの写真、見せてもらっていいですか?」
「なになに、自分の目で仲の良さを確認したくなったのか? よく撮れてるぞ」
自慢げに言いながら、デジカメを手渡してくれた。――どれどれ。
水野が着ている桜色のワイシャツは、僕が以前プレゼントしたもので、白い肌が一層艶っぽく見えた。顔はふてくされているものの、口角が上がっていて、どことなく嬉しさを隠しきれないような感じだ。
そんな水野を呆れながら見つめる自分の顔も、やはり嬉しそうに見える。
「ミズノンが来てから山上、いい表情するようになったよな。前はお前の兄貴と、同じような雰囲気だったのにさ。そういやあの人、最近顔を見せなくなったけど、警察庁の仕事が忙しくなったのか?」
「――ああ。こっちに来るなと、ちょっとだけ脅しをかけてるんです。大事な水野に危害を加えられたら、たまったもんじゃないですから」
有り難うございますと一言付け加え、デジカメを返した。
「脅しをかけるなら、最初からしておけよ。俺あの人の尋問に、何度キレかけたことか……」
「すみません。バカ兄貴なんで警察庁の仕事がなくて、暇つぶしに来てるんですよ。それよりも上田さんが撮った写真、すごくいいですね」
「だろ、だろう? 逃げないで撮られてたら俺の腕前が、もっと早く分かったのによ」
嬉しそうにガッツポーズをする姿に、思わず笑い出してしまった。
「僕の写真キライは、無理矢理撮らされていた家族写真のせいなんです。地位や名誉しか興味のない父親に、実の息子を溺愛する母親、バカ兄貴と妾の子の僕という、ちぐはぐな家族写真――どんなに腕のいいカメラマンに撮られたとしても、納得のいく写真が出来るわけがないんですよ」
「あ~、坊っちゃんち、複雑だったもんな」
「自分のことを理解している人に、撮られたせいなのか……素直に、いい写真だって思えました。もう一枚、撮ってもらっていいですか?」
「マジで!? 被写体がいいと、俄然やる気が出ちゃうぞ俺」
いつも飲み会にカメラを持ち歩き、仲間の写真をばしばし撮っていた上田さん。写真キライの僕は理由をつけて誤魔化し、逃げまくっていたので嬉しかったのだろう。
デジカメの設定まで、弄り始めてるし(笑)
いい写真を撮ってもらうべく、テーブルに置かれている物を手早く横に避け、ネクタイを絞め直して上着を羽織った。
「これから五年おきに、上田さんに撮ってもらおっと」
「何だそりゃ、免許の更新かよ。こっちは準備OKだぜ」
こちらに向かって一眼レフを構える上田さんに、にっこりと微笑んでみせる。
「もうその顔、はいチーズがいらねぇな。撮すぞ!」
次の瞬間、フラッシュが焚かれた。
「僕が殉職したとき、葬儀屋に写真の提出をお願いしていいですか?」
手渡されたデジカメを見ながら言うと、はぁ!? っと素っ頓狂な声で返事をする。
「家族写真から使われるより、絶対にこっちの方がいい」
「殉職ってお前なぁ……。そんな不気味なことを考えるなよ」
「だって、刑事になって考えないですか? 撃たれて死ぬか刺されて死ぬのか、爆死は一瞬だからいいかな、なーんていう結末を」
殴打されて死ぬのはイヤだなぁと、ややふざけ気味に言ってデジカメを返したら、撮した画像を改めて見ながら、
「ダメだぞ坊ちゃん、簡単に死んじゃ。ミズノンが泣いちまう。こんなに、いい顔してるんだし勿体ない!」
なんていう説得力の欠ける言葉を、次々と口にしてくれた。こんな風に気を遣ってくれるのはありがたいことなれど、どんな態度をしていいか分からない。素直に喜んで、いいのだろうか。
「大丈夫、まだ死にませんって。水野の躾を、しっかりしないといけないですから」
苦笑いしながら、熱燗を一口呑んで深いため息をつく。
水野との付き合いが順調すぎて、時々不安に苛まれていた。好きになって、のめり込めばのめり込むほど、僕の前を去っていったヤツらと同じように、水野も自分の元から消えてしまうんじゃないか、と――
愛を求めると、求めた以上にたくさんのキレイな愛をくれる水野。それを自分の中に取り込み、そして水野に返す。
だけど返そうとした僕の愛は、残念ながら水野と違って濁っていた。濁り過ぎて返すことが出来ず、ときとして水野が見えなくなる。あるいは、返す前に僕の中で蒸発してなくなり結局、求めることばかりをしてしまう。
もしかしたら水野に、無理をさせているのかもしれない――
「もう坊ちゃん、暗いことを考えるなよ。ほれ一献」
僕の様子に気を遣った上田さんが、わざわざ酌をしてくれる。
「有り難うございます」
注がれた熱燗に一口つけてから、上田さんに酌をした。
「悩みがあるなら、相談にのるぞ? 遠慮なく言ってみ」
カメラの一件で今までわだかまりがあった上田さんが、急に親身になる姿に正直、戸惑いもあったが思いきって訊ねてみた。
「失いたくないくらい好きになったヤツが、離れていかない方法って、何ですかね?」
「お~、恋愛相談。好きになったヤツは、みんな失いたくないもんだろ、普通さ」
「そうですね……」
「まずは、一緒にいる環境を良くすることだな。居心地がいいと、必然的に傍にいる機会が増える」
両手をバンバンとテーブルに打ち付け、なぜか熱く語る。その様子に落ち込んでいた気持ちが、自然と浮上した。
「あとは束縛しないで適度な放置。これは結構効くんだぜ」
「放置なのに、ですか?」
「ああ。放置することによって、向こうの不安を煽るんだよ。刑事の仕事してたら、勝手に放置プレィになるけどな」
適度を忘れると自然消滅するから気をつけろ。と苦笑いして、熱燗を美味しそうに呑む。その姿につられて、熱燗を口にした。
「やっぱ経験者の話は、説得力がありますね。有り難うございます」
「いやいや、ハハハ。頑張れよ!」
嬉しそうに言ってデジカメ片手に、颯爽と上田さんが席を外した。
さっきの一般論は、僕には出来ない。適度な放置なんて、無理に決まってる。
――現に今だって。
話を聞きながら目の端に、水野の姿をしっかりと捉えていた。片時だって離れていたくない。僕だけを見てくれる水野を、どこかに閉じ込めておきたい。
――永遠に水野を、独占する方法――
ひとつはアイツを殺して、僕も死ぬ……そうすれば他のヤツが、水野に触れることが出来ない。水野の心に誰も侵入することなく、綺麗なまま僕だけを想って死ぬんだ。
――あともうひとつは……
「山上先輩、お銚子にお酒入ってます?」
気がつくと水野が傍にいて、屈みながらテーブルにあるお銚子に、手を伸ばしていた。
「酒はもういらない。水野がいればいい」
お銚子に伸ばした手を、強引に握りしめる。
この手を離したくはない。これからも、ずっと――
「山上先輩……?」
「僕の傍にいろ、命令だ」
「もう、呑みすぎたんでしょ。大丈夫ですか?」
心配しながらさっきと同様に、並んで座る。俺の顔色を窺うような眼差しに、テーブルの下でぎゅっと指を絡めてやった。そんな僕の手の上に、そっと反対側の手を載せる。
――温かい、水野のぬくもり。いつもこうやって、無償の愛を注いでくれる。だから手放せないんだ。
「愛してる、水野……」
耳元で告げてやると途端に顔を赤らめさせ、忙しなく視線を泳がせた。
――殺したいくらい、お前を愛しているよ。
水野の大きな瞳を見つめながら、先ほどの続きを考える。残りひとつの方法、それは……
――水野に僕の命を捧げること――
そうすれば僕は水野の中で、永遠に生き続けることが出来るんだ。たとえ違う誰かと恋に落ちても、水野は僕を忘れることはないだろう。
今こうして深く愛し合えば、きっと忘れられない――
これから先、真っ黒い僕をお前が白く塗りつぶすか、あるいは僕の色にお前が染まるか分からないけれど。
愛しい気持ちと揺るがぬ想いを、この身に抱きしめて……
――その日がくるまで僕はお前を、ずっと愛し続けていく――
おわり
閲覧ありがとうございました。
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