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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい2

*:,.:.,.*:,.:.,.*:,.:.,.。  華やかな舞踏会の片隅で、身の置き場のなさを改めて思い知る。  亡くなった父から男爵という爵位を継いだものの、とても小さな領土を治める若い自分に、身分の高い方々の話し相手ができるはずもなく――。  どんな話で盛り上がっているのだろうかと、大広間の壁際から視線をあちこちに飛ばして、様子を眺めるのが精いっぱいだった。 「ごきげんよう、男爵。一緒に一杯いかがかな?」  煌びやか雰囲気に疲れて、はーっと深いため息をつきながら俯いた瞬間に、張りのある低い声が自分にかけられた。  思いきって顔を上げると、この舞踏会の主催者である伯爵が、にこやかな笑みを唇に湛えながら、すぐ傍に立っていた。  慌てて姿勢を正し、頭を深く下げながら出迎える。 「……これはアーサー卿。此度はお招きくださり、ありがとうございます」  我が家は、没落寸前の最下層の貴族――爵位を拝命したばかりの自分の顔を、伯爵が覚えているとは思ってもいなかった。 「ふっ。その若さで、しっかりしているな。分からないことがあれば、遠慮なく聞いてくれ」 「はい! お心遣い、痛み入ります」 「君と乾杯したいのだが、いいだろうか」 「よろこんで!」  差し出されたグラスを受け取り、引きつっているであろう愛想笑いを頬に浮かべて乾杯する。  男爵が持っているグラスの中身と、差し出されたグラスの中身は微妙に色が違ったけれど、それを指摘する余裕はなかった。 「いいね。見惚れてしまうくらいに、素敵な笑顔だ。遠くから君を見ていた」  目を合わせながら乾杯した途端に告げられた言葉で、躰に緊張が走り、飲みかけたシャンパンを吹き出しそうになった。  自分の顔が見えなくても、絶対に変な笑顔になっているのが分かりすぎるため、こんなふうに褒められると、対処に困り果てるしかない。 「ぁ、はあ、そうですか……」  意味深に注がれるアーサー卿の視線をやり過ごすために、一口飲んだグラスの中身をじっと凝視しながら、舌の上でシャンパンを堪能する。この状況下の中だからこそ、味なんて分かりもしない。  高身長で金髪蒼眼、容姿端麗という非の打ち所のないアーサー卿は、数年前に奥様を亡くされた。その寂しさを埋めるためなのか、男女問わずに手を出すという、噂話を聞いている。  王国の中心部から離れた、限りなく田舎に近い狭い領土を治めるせいで、必然的に世間話に疎くなる自分が、そんな噂話を聞くくらいである。  間違いなく、相当な数をこなしているのだろう。  そんな貴族が催す舞踏会に招待された時点で、伯爵の魔の手が自分に伸ばされることくらい、容易に想像ついていた。 (こうして誘いを受けることを予測してたのに、誘い文句をどうやって断ればいいのか、あれこれ頭を悩ませても、色恋沙汰に疎い僕には、まったく手立てがないのがさらなる問題だよな。どうすればいいのだろう……) 「ここのところの、民の情勢はどうだろう?」 「へっ?」 「国王軍が他国の領地を攻める資金繰りの調達の関係で、税金を上げるしかなかっただろう? 苦肉の策とはいえ、それをどうやって男爵が徴収したのか、興味にそそられてね」  誘い文句から一転、会話が国内情勢に移り変わったせいで、思いっきりあわあわしてしまった。 「あぁのっ、その件につきましては、いきなり税金が上がっても、民たちが対処できないことが分かっていたので――」  しどろもどろに答えながら、素直に事実を述べるべきか否かを必死になって考えた。  民が賄えない分の一部を、泣く泣く自腹を切った――お金持ちの伯爵がこのことについて、どうお考えになるか。返答次第では、機嫌を損なう恐れがある。 「一軒一軒、顔を出して説得を重ねたりしましたし、えっと……」 「男爵は、常に民のこと思っているみたいだな。一生懸命な気持ちが伝わってくる」  グラスを持っていない手を、いきなり握りしめられてしまった。 「ちょっアーサー卿、困ります……」 「若いのに、随分と手が荒れているじゃないか。苦労しているのだな」  手の甲の部分を、伯爵の親指がいたわるように撫でる。  こんな公の場だからこそ、目立つ行為をやめてもらいたいたかった。それなのに身分の低い自分には、男爵のおこないを止める手段すらない。必死に拒否する言葉を飲み込むので、精いっぱいだった。 「お待たせいたしました、ローランド様」  張りのあるバリトンボイスが、左横からした。聞き覚えのあるそれを聞いたお蔭で、張り詰めていた気持ちが幾分か和む。 「ベニー!」  シャンパン片手に、こちらに向かってくる執事のベニーに駆け寄ろうとした。けれど伯爵の握りしめている手が引き留めて、それをさせてくれない。 「男爵、見慣れない顔だね。新しく雇った執事だろうか?」  絶対に放さない勢いで、僕の手を握り潰す伯爵の行為に反抗しないことを示すべく、緊張を解きながら掴まれている腕の力も抜いた。 「彼はベニー・ロレザスといいまして、早くに亡くなった母方の親戚筋の執事をしていた者です。今回父が亡くなり僕が跡目を継ぐ関連で、有能な彼を呼び寄せた次第です」  説明している最中に僕の背後に控え、穏やかな笑顔を浮かべるベニーに、伯爵は値踏みするような感じで、彼のことをじっと見つめた。

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